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2012年11月 | ARCHIVE-SELECT | 2013年01月

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かえります


成田空港に着いた しかしこのあと悲しい出来事が

帰れるー♪
帰れるー♪

北海道に帰れるー♪

いいやっほぉぉう

『17時発の飛行機が18時半発に変更されました』

ぎゃー
エアアジアー!!
なにしてくれちゃってんですかー!!
肉! 肉! 焼肉喰いたいんですって!!
早く帰って焼肉ですって!!


掘っ立て小屋?

まぁ落ち着いて。

本日北海道へ帰る飛行機は、最近就航したLCC
エアアジアにしてみました。
なんだか微妙に怪しいセンスのWEBで予約しましたが
外国語用に作ったHPを無理矢理日本語仕様にした感満載で
生憎あまり好感が持てません。

チェックインは1時間前にしろと書いてあるので
念のために大分早く着いたわけですが
1時間前どころか出発遅延することがわかったのが2時間前で
3時間半も成田空港で待つことに。

成田空港のどこから出るのかと思いましたが
なんと!

成田空港の1Fの、つまり地上階になんかとってつけたような
待合室を作ってるんですね。
こっからバスで飛行機まで行ってタラップ搭乗でしょう。

しかし飛んでよかったなぁ。

LCCは怖いわ。遅れるのは。後の予定があるときは考えよう。

ま、とりあえず今年はおつかれさまでした!
皆様よいお年をお迎えください!

さぁそろそろ搭乗の時間だ。
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| 閑話休題 | 18:14 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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東京へ


さよーならー!

仙台出張が終わりました。
二ヶ月間は長かった……。
しんどかった……。

だが!!
ようやくこれで北海道に帰れます!
でもちょっと東京まで行ってからです!

30日はアクアノートの平日オフになります!
年末最後の祭りを楽しみましょう!

| 閑話休題 | 13:22 | comments:5 | trackbacks(-) | TOP↑

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大人は嘘つきでしたので

Way to the Blueは今回、初の2話同時更新(46話47話
となりました。

良いクリスマスをお過ごしください。


私? 執筆で疲れたんで仙台のサウナ行ったらクッキー貰えましたw

| 閑話休題 | 22:26 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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Way to the Blue 47話

(47)



「シロクニにさわらないで!! これは遊花のものなの!!」

高浩がたどり着いたときに、小さな牧野遊花は、泣きながらそう叫んでいた。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



時計の針を少し戻して、彼女らが倉庫へと辿り着いたときの状況を
振り返るなら、『あの瞬間』までは、牧野遊花はいつもと同じか、それ以上に
楽しい時間を過ごしていた。

「あなたのような子を私は知っています」

野良猫を見つけては歓声を上げながら時々駆け足になって、
猫に逃げられてはしょんぼりして戻ってくる遊花を見て、悠は言った。

「遊花に似てる?」
「そうですね」
「悠ちゃんの妹かなんか?」
「違います。どちらかといえば邪魔な居候です」
「ふーん」

それだけ言って、遊花の興味は、今度はよく吠える犬を飼っている民家の
ほうへと移ったようだった。

犬のほうに近寄り、案の定と言うか吠えられて、涙目になっている。
またとてとてと戻ってきた。
その度に、違うことを質問する。

「悠ちゃんは何歳?」

倉石悠という、奇妙な格好をした同性に興味津々のようだった。

「プライバシーでお答えできません」
「じゃあ当ててみる! 22歳ぐらい?」
「私の歳を知ってどうするのですか?」
「なんもないよ。聞いてみたかったの。知りたかったの」

列になって歩いていても、喋ったと思えば、すぐに列から離れていってしまう
遊花を見て、倉石悠はほんの小さくだが、笑った。

それは誰にも気づかれない程度のことだったが。

「悠ちゃんの服、すごいかわいいね!」
「そうですか。ありがとうございます」
「そっちのおじさんは、真っ黒い格好でなんかへんだね!」
「そうですか。徳永、変だそうです。今度は白いタキシードにしなさい」
「申し訳ありません」

遊花は少し先に駆け足で向かっていって、道端をで立ち止まった。

「アジサイきれいだよね!!」
「そうですね」

道端に大輪の花を咲かせるアジサイを指差して、遊花は笑顔を作る。

「綺麗ですね」

倉石悠は、そう呟いたときには笑っていなかった。
青紫に輝く紫陽花の花をちらりと見て、彼女は、その花がもっとも美しく
咲き誇るのは、雨の日だと感じていたからだ。

そして雨は、きっと太陽のような牧野遊花の笑顔を曇らせるのだろう。

紫陽花が本来の美しさを見せるとき、それが誰かの笑顔とは重ならない。

例え待ち望んだ雨だとしても、誰かにとってはそうではない。

そういうのは、ずっと繰り返し、世の中に溢れていたことだ。
人生というのは皮肉に彩られている。
愛や幸福というエッセンスを、皮肉という衣で包んだパイのようなものだ。

現実。

陽光を受け止めるアジサイは、どこか居心地が悪そうではないか。
何かを投影しているようではないか。そう、何か。寂しげな美しさを。

「あの倉庫だよ。シロクニがあるのは」

10分程度の遊花の案内で、倉庫が見えてきた。

蒸気機関車が鎮座するという倉庫はかなりの大きさで、今にも倒壊しそうな
感じではあるが、外観で見る限り少なくとも穴などは空いていない。

「そうですか。ありがとうございます」
「……あれ?」

遊花は立ち止まり、怪訝そうな声を上げた。

「誰?」

遊花の呟きには答えない。誰も。

倉庫の前には、4台の大型トラック。クレーン車。ワゴン車などが多数停車
していた。
灰色の作業服とヘルメットを被った男が、30名ほど集まっている。

倉石悠と秘書が近づいていくと、
白いヘルメットを被った壮年の男性が、それを脱いでひとつお辞儀をした。

「社長、ご足労頂きありがとうございます。こんなところまで」

悠は、頷いた。

「予定より少し遅れていますが、問題ありませんか」
「先程見た限りでは、現地踏査の報告で聞いたよりも状況は良いと思います。
足場もいいですし作業性は良さそうですね」
「工程表に従ってすぐに取りかかってください。慎重に」
「わかりました。おい、全員やるぞ!」

倉庫の中に、男たちが入っていく。
遊花はそれを遠巻きに見ていて、はっきりと混乱していた。

「な、なんなのこれ? 悠ちゃん? どうして、シロクニをどうするの?」
「この蒸気機関車は解体されて、運ばれます」

倉石悠は倉庫に鎮座するC62型蒸気機関車を見つめている。
無言のままで。

代わりに、今までほとんど話さなかった、初老の秘書が遊花に話し出した。

「我々、倉石ホールディングス株式会社は、この蒸気機関車を
小樽まで輸送する業務を請け負ったのでございます。牧野遊花様」

人間というのは、本当に驚くと声も出ないらしい。

その言葉には、彼女は、遊花は、全くの無言だった。
ただ、衝撃を受けて気絶でもしてしまったように、立ち尽くす。そんな格好で
言葉を受け止めていた。

受け止めているというより、叩きつけられたようなものかもしれない。

「……?」

シロクニを見つめていた倉石悠が、そんな雰囲気を感じ取って振り返ると、
牧野遊花は、はっきりとした恐慌状態にあるようだった。
頬が上気して、きょろきょろとあたりを落ち着かない様子で見て、
唇がわななき、真っ青になっている。

「……どうしました?」
「……シロクニ……持ってっちゃうの……?」
「ええ……そうですが。それが、どうかしましたか?」
「あ、あ、あれ、あれは、遊花のなの」
「……あなたの? あの蒸気機関車が?」

倉石悠は、小さく目配せをした。その途端に、秘書の男はものすごい早さで
アタッシュケースから大きなタッチパネルの端末を取り出し、操作をして。

「東日本コンサルタントの所有で、現在一時、町の仮置きとなっております。
権利書をご確認になりますか?」

と言った。

「……そう。聞いたように、あれは、貴方のものでは無いようですが」

倉石悠は、彼女に言ったのだが。
それはたぶん、彼女を知っている者からすれば、相当に『彼女らしくない』一言
だったと、その時、徳永は感じていた、らしい。

言葉はその通りだ。

まさに倉石悠の人となりを表すように、端的であっさりとした、
有無を言わさない事実を繰り返しただけの言葉だった。

だが、実際。現実はどうだろう。
言葉は言葉だけではなく、音である。その声は、突き放すようなものではなく、
まるで、
『同情するかのような』言い方だった。

「あれは、遊花のだよ」

遊花はそんな言葉のイントネーションの変化に気づかない。

「あれは遊花のなの。坂井のおばあちゃんにもらったの。だから遊花のなの」
「……」

また目配せをすると、徳永が頷いて、答えた。

「正式には坂井キヌという者が所有し、その後藤ノ木という者に渡り、
町へ預けられました。東日本コンサルタントの有沢様が町に働きかけられ」
「有沢……って?」
「先程の少年の祖父にあたります」
「……なんで? なんでそんなこと? タカ兄ちゃんの?」

遊花は顔面蒼白になり、震えていた。
なぜそんなことになるのか、倉石悠たちが不思議に思えるほどに。

だが、当の遊花にしかわからないことだ。

本当に大切なものは。

「あれは、遊花のなの。ここになくちゃいけないものなの。さわらないで」

震える声で哀願する遊花。
倉石悠は、表情を変えずに首を横に振った。

「私たちは、あの蒸気機関車を小樽へ運ぶ業務を請け負いました。金額に関係なく、
この業務は一昨年に統合された倉石ホールディングス海運事業の名を残す業務と
なります。失敗や中止などあり得ません。私が来たのも、絶対の成功を約束する
ためであり、作業の中止を命令するためではありません」
「そういうことだったんだ……」

悠が毅然として説明した言葉に、遊花は首を振った。

「みんな、遊花に嘘をついてたんだ。こうなること、知ってたんだ!」

遊花は一言、叫んだ。
そして走り出して、重機などをすり抜けて古びた倉庫の中に入っていく。

「おい!!」
「危ない!!」

作業員から声が上がり、ホイッスルの音が倉庫に響く。
遊花はシロクニの側面から、慣れた様子でポンポンと蹴り上がり、破損した
ボイラ胴の上に立った。

高さは4m近くある。

作業員の囲いが分かれて、間から徳永と、そして早足で倉石悠が現れた。
遊花から見れば見下ろす場所に。

倉石悠からは見上げる場所に。

遊花は、何人もの視線を受け止めながら叫んだ。




高浩がたどり着いたとき、それは、数分前に考え付いたことが現実になったと
知ったのと同時だった。

「遊花!! 降りろ!!」

高浩が大声で呼び掛けるが、牧野遊花は首を横に振る。
泣きながら。涙で溢れる目を擦りながら。

「嫌だ……!! 嫌だよ……!! タカ兄ちゃん……!! これは、ここになきゃだめなの!
おばあちゃんが言ってたの!! ここになきゃダメだって言ってたのに!!」
「どうしてだよ!!」

高浩も、作業員をかき分けて、倉石悠の隣にいた。
一瞬、悠と目が合う。

はっとした。

そのとき、有沢高浩は確かに、気がついたのだった。
倉石悠という女の目には憐憫があった。はっきりとした憐憫が。
だが、それは厳しく引き締められた口元によって巧妙に隠されていた。

「遊花。多分、多分だけど、シロクニは前から、そうなることが決まっていたんだ」
「タカ兄ちゃんはやっぱり知っていて黙ってたんだ」

かぶりを振る。
そうじゃない。

「違う。Railwayとの取引があったんだ。あの喫茶店と、シロクニと、
どっちを残すか、そういう決断を迫られたんだ」

高浩がそう話しているのを、横から、倉石悠がじっと見ていた。

その視線には気づかずに続ける。

「ずっと放置されたままの機関車を、この町はもてあましていた。
元々、正しい手続きを踏んだ話じゃなかったんだ。
C62-32型蒸気機関車と言ったな。それは、そもそも」

「ここにある、はずじゃなかった。すでに廃車になったはずだったものを、
個人がそのまま隠匿して保管していた、それがこの蒸気機関車です」

最後の言葉は、倉石悠が言った。
そしてさらに、彼女は高浩の言葉を引き継ぐように続けた。

「この町の活性化を考えたとき、蒸気機関車は有望な資産だったんです。
イギリスで半世紀ぶりに新造された蒸気機関車A1型『トルネード号』
人気を博した蒸気機関車の復活は、祝福の元に受け入れられました。
その例に倣う形で
この蒸気機関車をレストアし、現代に甦らせようというのです」

その話は、高浩にとっても初耳だった。
もし本当にそんなことを考えているとしたら……

「莫大な費用がかかる」
「限界集落と呼ばれる過疎の町には、何を差し置いてもやらなければ
ならないものかもしれません。費用は寄付によっても賄われるそうですが」
「それだけの魅力が?」
「私のセクションでは関与していませんが、この町にはそれだけの観光資源が
あると聞いていますが。蒸気機関車はそのピースの一つでしょう」

高浩は、頷くことも否定することもできない。

そんなことがあるのだろうか。
本当にそうなのか?

疑惑。疑念が吹き上がる。祖父が言っていた。ふたえも言っていた。
この町が、常葉町としての名前を市町村合併で失ったその後に、あらたな
地方自治の姿によって生まれ変わるとすれば。

その旗手としての役割を、シロクニに託するという気持ちを持つかもしれない。
……そんなことが?

高浩は蒸気機関車を見上げた。少女が仁王立ちして、周囲を睨み付けている。

蒸気機関車は、死んでしまったように何も語らない。
いや、それは一見して死んでいるように見える。

この場所にずっと放置されているうちに、錆も浮いて、壊れた蒸気機関車。

「絶対にやだ!!」

遊花は、高浩ができなかったことをしていた。そう、明確に、否定という形で。

「絶対にシロクニは持っていかせないもん!! 」

遊花の叫び。高い声が響き渡るのは何度目だろう。
それは、ややあって、虚しい残響となっていった。

それほど頑なな想いはなんだろう。
高浩も、いや、そこにいる全員が感じていたことだ。

何を守ろうとしているのか。

彼女が……頑ななのは、なぜか……?

少女は、泣きながら首を振っていた。

「みんなおかしい。おかしいんだよ! 回りの人が勝手になんでも決めて、
昔の人が決めたことも、残したものだって、みんななくしていっちゃうんだ!
おばあちゃんが言ってたんだもん! シロクニはここにあるほうがいいって!
おじいちゃんが置いておいたものなんだって! この機関車は、みんなの夢と
希望をのせて走ったんだって! だからこのシロクニは、ここにある夢だって!
それなのに、勝手なことばかり言ってみんな持っていくの!
大人はみんな、みんな勝手に決めちゃうの!!
そんなの遊花はヤなんだよ!! 智也おじさんだって嫌だって言うもん!
ふたえさんだって嫌だって言うもん!! みんな言うもん!!」

途切れ途切れの言葉を繋いで、そして、
遊花は、涙を一杯に浮かべて、高浩を見つめた。

「タカ兄ちゃんも……そう、思うよね……?」


雷撃を受けたような気分で、高浩はその言葉を受け止めた。

脳の中で、書き溜めた言葉が、消ゴムで次々と消されてゆく。
それが、どういう意味を成しているのかはわかる。
わかりすぎるぐらいにわかる。

ふたえと話し合ったことがあった。いや、正しくは、
ふたえから一方的に告げられた。

Railwayとシロクニ、これらは、市町村合併によって、
そのどちらかを失わなければいけないかもしれないということ。

改めてその事を思い出していた。

高浩は、この古ぼけた蒸気機関車を見に来たい客がいると考えた時に、
Railwayを守るために、シロクニを手放すことがあるのではないかと思った。

そして……それは……それは……

それは……


藤ノ木ふたえから、Railwayを、失わせないためには、必要であれば……

高浩にとって、今、大切な人と言っていい彼女が愛するお店のために、

この古ぼけた、壊れた蒸気機関車を差し出さなければならないとしたなら……


自分にとっては、大した価値の見出だせないものだ……と。


遊花の望むことであったとしても……。
それは……出来ないと、言わなければならないということを。

高浩は、高揚する遊花とは全く逆の。
底冷えのするような陰鬱さで。

「遊花」

彼女の名前を呼んだ。

そして、奥歯を噛み締めて、かすれる声で呟いたのだった。

「そこから降りるんだ」


水を打ったように静まり返る倉庫の埃っぽい空気は、そのとき唐突に陰った
太陽の中に沈んでいったように見えた。

高浩の言ったことは、確かに伝わった。
もしかしたら、牧野遊花は、彼を信じていたのかもしれない。
悲しい言い方をするならば、その瞬間までは。

呆然とその言葉を聞いていた遊花の表情は、悲しみを通り越して絶望を感じたように
歪み、かぶりを振って、少しだけ、ほんの少しだけ後じさった。

そしてその小さな身体は、よろめいた。


「あっ」

誰がその声を発したのかは、高浩にはわからなかった。
高浩自身だったかもしれない。

円筒状のボイラーの上で、遊花の運動靴が上を向いた。

何もしていないんだ。
何もしていない。

高浩は、そんなことを繰り返していた。意味がないのに、繰り返していた。

牧野遊花の姿が、シロクニの向こう側に消えて
すぐに、倉庫内にハッキリと鈍い音が響いた。

「落ちたぞ!!」

今度は……

高浩は、ハッキリと、自分が言ったのではないと確信していた。
言葉など出せる気分ではなかったから。

「落ちたぞ! おい! 救急車呼べ!」

作業員の誰かが叫んでいる。

「頭を打ってる!! 血が出てる!」

やめてくれ!

そう高浩は心の中で繰り返していた。だれが聞いているわけでもないのに。

やめてくれ。
脳裏に、少女の最後の瞬間の、絶望を帯びた表情が蘇ってくる。

膝の力が抜けて、頭を抱えて、しゃがみこもうとした。

が、できなかった。


「立ちなさい」

やけに強い力で、左の二の腕をがっしりと捕まれる。
そのせいで、倒れたりはしなかった。座り込むこともできなかった。

許されなかった。

倉石悠が、自由な左手で帽子を一度、直したのが見えた。

「うろたえるんじゃありません!! あなたたちは馬鹿ですか!!
馬鹿の集団ですか!!」

ぴーんとした、透き通るような声が喧騒を叩き伏せる。

「計画書の非常事態対応チェックリストを確認し、担当者は冷静に
救護を行いなさい!! あらゆる事態に対応するのが我々の仕事です!
いちいち言われなければわかりませんか!!」

今度は水を打ったように静になり、
作業員たちは、余計な物音を立てないような慎重さで、言葉もなく動き始めた。

なんという統率力だろう。
その女性は、それこそ何も起こらなかったとでも言わんばかりの表情で。
そして、小さな声で。

「立ちなさい。あなたは間違っていません。そして、今は悔いるべき時でも
ありません」

高浩は二の腕を離されたが、今度はしっかりと立っていた。
不思議なことに――少なくと表面上は――落ち着いて

「徳永、すぐにヘリコプターをこの正面に着けなさい。論理的に考えて、
我々が最も近い救急病院へ搬送するのがこの場合は妥当です」
「はい。すぐに」

まるで神業のように。
一瞬で騒動を片付けて、倉石悠は全く動じた様子もなかった。

人が目の前で転落して、怪我をして……
怪我をして?

「……遊花!!」

今更、高浩は踏み出して、
彼女が落ちた方。つまり、シロクニの反対側に回り込んだ。

作業員が取り囲み、工事用の青いシートが敷かれている。おそらく今
それを準備したのだろう。
遊花の小さな体が横たわっている。あたりには、

「……」

高浩は絶句して、口を手で押さえた。
鮮血が辺りに飛び散り、作業員が拭ったのであろう白いタオルが、真っ赤に
染まってあたりに散らばっていた。遊花の小さな頭を抱えるように押さえている
リーダー格の男が言う。

「血管切れてんだよこれ……血が全然止まらねぇよ」

遊花は全く動かず、こめかみのあたりをタオルで押さえられていた。されるがままに。
着ていた浅黄色のパーカーは元の色がわからないぐらい赤黒く汚れている。

それが、さっきまで話していた彼女の姿なのか。
それが、そうだとは信じられない。

「血が出てもタオルを取り替えてはいけません。そのまま押さえなさい。頭蓋骨の
周辺は出血があった場合は多くなるものです」

倉石悠はどこまでも冷静だった。慌てるという言葉を知らないような
存在に見えた。

そんな彼女が、今度ばかりは小さく、高浩にしか聞こえない声で言ったのだ。

「彼女の親をご存じなら、すぐに呼んでください」

その声でハッとする。
楓。牧野楓。脳裏にその名前が出てきた。

高浩は彼女の家へと走り出した。

そのぐらいの事しか出来ない。そんな自分に、苛立ちながら。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



7人乗りのヘリコプター、ベル407の後部座席に遊花は寝かせられ、
残りの座席に、牧野楓と弟の拓男が乗った。
操縦席と前席に倉石悠と徳永と言う秘書が座った。それで満席。

ヘリコプターは慌ただしく飛び立っていった。

風が収まっても、高浩は飛び立ったヘリコプターが見えなくなるまで
見つめていた。



……

…………


夜。

時刻は21時を迎えたところだ。

高浩は携帯で時刻を確認した。ポケットにそれを仕舞って、ビニールの
ソファーに身体を落とす。
深く深く、ため息をついた。すべてを吐き出してしまいたいと思うほどに。



暗くなった受付け。誰もいない、非常灯の緑色だけが輝くロビー。
そこに高浩はたった一人でいる。

病院だった。
半日もかかって札幌の病院に着いた。

そして、着いたときには……


牧野遊花の手当てはすべて終わっていて、命には別状がないと言うこと
だった。
頭を少し大きく切っていて出血し、脳震盪と貧血で気を失っていたが、
明日には意識も戻るだろうと医者は言っていた。


バタン


物音がして、そちらのほうを振り返ると、朝とは少し格好が違う、
白いワンピース姿の倉石悠が、非常玄関から入ってきたのが見えた。
執事のような秘書も引き連れて。

格好が変わっても、赤い帽子はやはり変わらないらしい。

「まだいたんですか」

倉石悠は、少し驚いたように。

「2時間ほど前に大丈夫だと言ったはずですが、まさか脳みそが豆腐なのですか?
豆腐ならゆでてしまうべきだと思いますが」
「茹でんな」

執事は一礼して、外に止めてある車の方へと戻っていった。
倉石悠は会釈して、高浩の隣に座った。

「何か飲みますか」

自動販売機を指差した。

「ああ。それじゃあ……コーラを」
「私はミルクココアで」

……

そう言ったっきり、彼女は動かない。
5秒ほど沈黙があった後に、高浩は、一応聞いた。

「……買ってくれるわけじゃないのか?」
「馬鹿なんですかあなたは」

ため息をひとつ。高浩は立ち上がり、自動販売機へと行って
ミルクココアとコーラを買って戻ってきた。

礼のひとつも言わずにココアを受け取り、

「開いていませんが」

ニコリともせずに言うので、腹立たしさをぶつけるぐらい大きな音で
缶を開けて、彼女の手元に押し付けた。

ぼん、と椅子に座って、高浩もコーラの缶を開ける。プシッという音が
ホールに響き渡った。いっそコーラを振って彼女にぶちまけてやろうとか
思ったが、刃物を持っていることを思い出して自重する。

飲みながら、隣の倉石悠を見つめる。

「……」
「どうしました。私が美少女過ぎて目がえぐれましたか?」
「いや、抉れるとか言わねぇし美少女は。そうじゃなくて」

気後れしたように、高浩は少し下を向いた。

「酒の匂いがするからさ」
「ああ。そうですね。付き合いのある会社の会長が80歳の御誕生日でして、
パーティに誘われまして。『恥ずかしげもなく80年も無駄な人生を重ねられる根性は
是非見習いたいと存じます』とお祝いの言葉を述べさせていただきました」
「祝ってねー……」
「会場内は大爆笑でしたが」
「どういうパーティだよ。しかし、あんなことあってもよく、そういうのに
出られるな。いや、ごめん。誤解させたら悪いと思うが、別に悪い意味じゃない」
「ん?」

小首をかしげて、倉石悠は少し笑った。

暗がりの中。非常灯の弱々しい光の中で、白い肌の美女の微笑はとてつもなく
美しかった。本当に、高校生時分の高浩には参ってしまうほどに。

「そうですか? そうですか。そうですね。ふふっ」

同じことを繰り返しているのに、微妙にその中で、口調が変化してゆく。
彼女は自分の中で、自分の言葉を消化しているのかもしれない。

「あなた、まるで私のともだ……ゴホン、婚約者のようですね」

それこそ、今度は逆に聞き返したかった高浩だったが。
どちらかといえば、彼女のような人に恋人がいるということが、少し
残念でもあり意外でもあった。

彼女は暖かいココアを口許へ持っていき、ひとつ息を吐いた。

「一つのことにこだわることは大事ですが、一つのものだけ見続けることは
できません。我々は、二つの目を持っていますし二つの耳があります。
手も二つありますし足も二つあります」
「舌も二枚ありますって?」
「あなたはなかなか面白い事を言いますね。しかし人の言葉を茶化すのは
感心しません。そのうち罰を与えます」
「それはどうも」
「大人になるということは、こだわりを捨てることもあるのかもしれません」

雲が晴れる。

病院のロビーには大きな天窓があり、そこから月光が飛び込んできた。
満月。銀色の月が輝く。

「遊花がこだわったものは、きっと、シロクニのことだけじゃない」

ポケットの中の携帯電話の、つるつるする表面をいじりながら
高浩は呟いた。

「もっと大きくて、もっと観念的なものなんだよ。例えば……本当の事を
知っていても伝えない人間、とか」

『私を東京に連れて行ってくれないか?』

そうだよな、と、高浩は苦笑しながら続ける。

「都合良く、本音と建前を使い分ける人間とかな」

胸が痛くなった。
どうしてわざわざ、自分で自分の皮膚を針で突くような事を考えてしまうのか。
どうしようもないことなのに。

コーラを一口飲む。炭酸が、喉に痛みのような感触を残す。

高浩は、全然違うことを話し始めた。昼間の事を。

「さっきはありがとう」
「何のことでしょうか」
「あの時、俺の腕を支えてくれて」
「ああ。なんか子供が自己陶酔して膝から落ちそうになってたのを、みっともないから
支えてあげただけですが、何を勘違いされているのでしょうか」
「うぐ」
「別にあなたが気に病むことなど何もありません。今日だって、別にはるばる病院まで
やってくる必要だって無いと、私は思っていました。それなのに突然現れたので、
『この方は精神に異常をきたしているのではないか』と心配になったほどです」
「うぐぐ」
「子供が子供らしく子供っぽい理屈で勝手に思い悩む様は滑稽を通り越して呆れ返って
しまいますが、私としてはそういうものを出来る限り否定はしないように考えています。
後で知り合い全員にこの恥ずかしい子供の事をうっかりEメールで同報送信してしまい
そうになるかもしれませんが」
「もうわかった。やめてくれ」
「そうですか。ではこの辺でやめてあげましょう」

よくそこまで人の悪口が続くものである。

「決めたことを悔やんだら、決めた過去の自分を否定することになるじゃないですか。
そんなことは必要ありません」
「必要な気がするけど」
「気がするだけです。必要ないんです。必要だと思ったら、それは負けなんです」

倉石悠は、ゆっくりとこちらに顔を向けてから、真剣な表情で繰り返した。


「負けなんですよ」


……

そういうものなんだろうか。


高浩には半信半疑のことだ。そんな風に考えたら、過去を許すことも出来ない
ような気がする。それは随分と窮屈な考え方で、今の自分には出来そうもない。

それが出来ることが、大人になることなのだろうか?

そしてまた、彼女は視線を戻す。高浩の躊躇いに気づいたようでもあるが、
気にしないようにしてくれているのかもしれない。

今度は声の調子を大分変えて。

「私が病院に来たのは、二つの用事があってです。もしもあなたがまだ
馬鹿みたいに残っていたとしたら、
無意味なので早く帰るように言おうとも思っていました。お節介にも」
「バカで悪かったな。帰りたくとも帰れないよ。こんな夜更けにバスはない。
もうひとつは?」

「もうひとつは、あなたが言っていたことの間違いを訂正するためです」

倉石悠は、持っていたミルクココアの缶をテーブルに置いた。

「Raiwayという喫茶店と、蒸気機関車のどちらかがこの計画に含まれると
あなたは仰いましたが、それは誤りだと言っておかねばならないと思い
まして」

どういうことかわからず、眉間にシワを寄せて、
高浩は問い返した。

「誤り?」
「そうです」

月の光が、生き物のようにゆらめいた。薄い雲が、空を流れている。
そして、

彼を見つめる悠の瞳も、同じように。


「どちらも、入っています」


たまらずに席を立ち、高浩は今度こそ、彼女にコーラをぶちまけようと
した。


信じられないことに、驚異的な反応と身のこなしでそれは
避けられたのだが。

大きく身をよじって避けた姿勢のままで、倉石悠は睨む。

「食べ物を粗末にするのは感心しませんね」
「そういう問題かよ! 避けるなよ!!」
「もしかかっていたら、あなたを殺していましたよ」
「知ったことかよ!!!」

空同然になったコーラの缶を握り潰す。

「そんなことを誰が! どうしてRailwayが勝手に取り上げられるんだ!
シロクニを持って行ったじゃないか! おかしいだろうが!
あんたらは一体何なんだよ!! どうしてこんな……!!」
「そもそも取引になる用件など、どこにもありません。あなたが勘違いを
していただけでしょう。それに、誰がと申すのであれば、あなたの
祖父方が勤める東日本コンサルタントが主導しておりますが」
「そんな! それは、だって」
「病院ですので静粛にお願いします。口を閉じられないのであれば、
歯が折れますよ。本気で殴られれば」

言われて、力が抜けたように再びソファーに座る。

「どういうことだよ……!」

高浩は思わず頭を抱えた。

わけがわからない。
蒸気機関車と、Railwayはどちらも……

『……どちらも、無くなるって話か!? そんな話になってなかったじゃないか!
そんなこと、あってたまるかよ!! ふたえさんの店だぞ、あそこは!!』

「蒸気機関車を修理して改装し、走らせる。それには当たり前ですが、
駅と基地が必要になります。蒸気機関車には水と燃料の補給施設も必要に
なります。駅の場所にすでに建っている建物は、使えなくなるのは
当然のことだと思います。それでは取引にもなりません。私は、
誤解を残したまま自分の仕事を遂行するのを良しとはしません。
あなたが、もし、正しい情報を与えられていないのであれば、私の仕事の
邪魔になり得ると考えました。よろしいですか」

動揺を隠しきれない様子の高浩に、まるでお説教をするような口調で
そう話す悠。

何がよろしいというんだ、と。
高浩は口を開きかけた。

その時、倉石悠の右手のひらが、彼の左頬に触れた。

こみ上げてきた言葉が一瞬で立ち止まる。
冷えた彼女の手のひらの感触に。

なぜ彼女がそうしたのかを理解する前に、彼女の口が開いた。


まるでキスでもするように、高浩に唇を寄せて、彼女は。


「オフレコの話です。私はこの計画。あの辺鄙な町をリゾートに変貌させる
という、壮大なお話ですが、この計画の中の、蒸気機関車輸送についての
担当でしかありません。それについては既にご説明いたしました。
そしてもう一つ付け加えて、私の立場で申すとすれば、この計画は馬鹿げています。
馬鹿げているというのがもしも、仮に、肯定的に受け取られた場合の事を考えて
あなたにも解りやすく言い直すとしたなら、
『笑止千万、ヘソで茶でも沸かしてやがれ』とでも言いましょうか。
要するに、万に一つも成功するとは思えません。この計画はおそらくですが、市町村合併に
伴い、ある町の財政を極端に悪化させるような強引なリゾート計画を推し進め、
そこに発生する、本来なら即座に破綻するほどの巨額の財政赤字を、市町村合併に
よって吸収させようという謀略があったものだと考えます。現に、同じことが
千葉県の鴨川市で起こりました。このシステムでは、企業は自治体の支援で
有利な開発を行い、失敗すれば全てを自治体のせいにして売却できるのです」
「……それなら……やめる、べきじゃないか」

彼女の真剣な表情に、飲まれる。
悠の瞳は、どこか哀れみを纏いながら。

「今後、こういったことはどこにでも出てくるでしょう。近日成立する予定の
カジノ法案や、再開発支援法は自治体の吸収合併を加速させるタイミングを
見計らって、経済音痴な各自治体の酋長の心を掴むのでしょう。愚かしい事です。
しかし、決めるカードは、そこに住む人間の手の中にある。
今日のような事件は、私はどこかで、いつか、起こり得ることのような気がしていました」

高浩は、そこまで聞いてようやく納得した。
この、優秀な女社長は一体何がしたいのか。何を考えているのか。
なぜそうしたのか。

そして、何を伝えようとしたのか。

「あの、牧野遊花という少女のやったことで、安全点検のため、私たちの作業は
2日間中止されることが決まりました」
「たったの、か」

ふっ、と笑みを浮かべて。

「たったの、ですか。一人で二日なら、千人なら二千日でしたね。いえ、これは
私らしくもない事です。つまらない冗談でした」

彼女は手を引いた。そして、今度は席を立ち上がる。

「私は、少なくとも嘘偽りのない仕事をさせていただきたいと思っています。
二日後に、私たちは、非の打ち所がないぐらい完全に仕事を完了させてみせます。
その後で、仮に奇跡が起きるとしたならば、その誠実さというものによって、
何かが救われたなら良いと思っているのです。それはかつて、私が、
私の大切に想う人が与えてくれた誠実さによって、救われた経験からです。
私があなたに、こんなことを話すのは」

彼女は微笑んだ。

「あなたが、他人のために本気で怒れるような、誠実さを持っているからです」



そして、頭上の帽子を取って、一つお辞儀をした。

「では、またいずれお会いしましょう」

高浩も立ち上がる。が、
何も言えず。

高浩は、挨拶を返すことも出来ないままで彼女の背中を見ていた。

倉石悠。
彼女もまた、こちらの返事などに期待していないようであった。
もしかしたら、彼女は忙しかったのかもしれない。

忙しい中で、わざわざこんな事を伝えに来てくれたのかもしれない。
それなら、呼び止めなくてもいいだろう。
彼女の仕事は済んだに違いない。

高浩はそう考えて、肺の中に詰まっていた空気を入れ換えた。

乾いたブーツの音がホールに響く。
何か悔しいような、そんな思いを高浩は感じていた。彼女の背中を見ながら、
いつか、何かの機会に反論してみたいと思った。

だが。

『……無駄、だな』

諦めて、ついつい笑ってしまった。
結局のところ、彼女には全て見抜かれてしまっているような気がしたからだ。

彼女は夜間のみ出入りできる通用口の方へと歩いていき……歩きかけて。

「あ」

唐突に、一言。何かに気づいたように声をあげた。

「そういえば、あなた、ええと、有沢高浩といいましたか?」
「……? ああ」
「忘れていました」

つかつかと高浩のところへと戻ってきて、高浩の前に立つ。
後ろ手にうつむき加減で、何か、落ち着かないような様子で。

月の光と、そして緑の光が混じり合い、重なる二人の淡い影を床に写した。

「な、何?」

あきらかに動揺した声を上げる高浩。

声をかけると、彼女は視線を上げて。
ふっと笑みを浮かべた。柔らかそうなきれいな頬が、すこし朱に染まっている。

彼女が身じろぎすると、長くて美しい黒髪も揺れて、花の匂いが伝わってくる。
しなやかな腰つき。ほっそりとした腕。白い蝋細工のような指先。

背は、高浩の方が15センチは高い。帽子を被った彼女は、高浩の事を、
じっと見つめていた。

暗がりに見る彼女は、とてつもなく美しく、本当に美女だった。

どこかためらうような。
揺れるような。

そんな表情を見せた彼女は、そっと呟いた。

「目を、閉じていただけますか」
「……は?」

彼女は、今度はたしなめるように。

「あなた、女性にこんなことを二度も言わせるのですか?」
「……はぁ」

いやいや。
別に、何もあるわけがない。

高浩が目を閉じることを了承し、実際にそうする瞬間に、

倉石悠は、高浩の肩に手をかけて、背伸びをした。

「そのまま、ですよ」

そんなことが、

あるわけがない。だろう?

彼女の体重がかかるのがはっきりとわかり、吐息が近づいてくるのも
容易に感じられた。



生暖かい感触。

ミルクのような甘い香り。



滴り落ちる滴。


それは、ココアだった。


……

…………いや、おい。


「今度相手に飲み物をぶちまける時には、
逃げられないように準備してからの方がいいですよ。こんな風に」

そして、ココアの空き缶を手の中に押し付けられる。

前髪から滴り落ちるココアを拭って、『お前』と言いかけて、やめる。

言っていれば刃物が出てきていただろうが。
それ以前にもう彼女は、通用口を出ていくところだった。

素早かった。
文句を言うことも出来ない。

そもそも、仕返しってのは同じ程度にやるべきだろうが。


押し付けられたココアの缶には、高級そうなベージュのハンカチが載っていて
高浩はそれで頭を拭きながら、今度こそ声を圧し殺して、大笑いした。



大笑いしながら、とても、とても、
出来るだけ早く、


Railwayに帰りたいと、そう思っていた。



(47)

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Way to the Blue 46話

(46)


まず、第一に。

昨日までの自分を肯定してくれること。


第二に。

明日からの自分を見守ってくれること。


第三に。

現在の自分を好きになること。


たった三つの約束が、彼と私を繋ぎ止めている。
何があったとしても。

人生には悲しい別れがたくさんあって、
その別れを認められないこともある。

私にはそんな過去がある。


悲しい別れは彼にもあって、

私はそれを、まるで自分のことのように悲しむ。

何度も、何度も。

降りしきる雨の中で、雨に打たれ、雨に嘆き、
雨と交わした約束を胸に抱きながら、
それでも前に進もうとする。


奇跡は私たちの道を照らしてくれた。

冷たい雨の向こうには、雨上がりの虹が待っていることを
信じながら生きる。
そういう生き方を教えてくれた。

今もこうして瞼を閉じれば、雨音が聞こえてくる。

この仕事が終わったら
家へ帰ろう。

待っている人がそこにいるのだから。


「お嬢様」

呼び掛けられ、閉じていた目を開いた。

ひょっとしたら、少し眠っていたのかもしれない。霧がかかったような
脳の連絡回路が、様々なものを繋ぐまで、およそ3秒を費やした。

騒々しい風切り音がフェードインするように耳に戻ってくる。

「徳永」

「間もなく到着いたします。お嬢様」

「そう。時間は?」

「8時50分でございます」

コバルトブルーの領域と、肌色の絵の具で塗ったような海岸が窓を通して
見えた。

彼女は、エンジ色のつばの広い円帽子を片手で軽く直して、呟いた。

「紅茶を飲む時間もないのですか」
「離陸許可が遅れまして」
「早くしろと言わなければ早く出来ないのですか。ああいうのは。
無能が順番を仕切るのならば、信号機にでもやらせたほうがいいですね」
「申し訳ございません」
「徳永が謝ることでもないでしょう。私もいちいち咎めるのをやめます。
呪いの言葉を吐いて呪われるほど簡単なら、藁人形屋が倒産します」
「左様ですな」

つまらなくなり、彼女はひとつため息をついた。

そろそろ足が、地面に恋い焦がれているような気がした。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



有沢高浩は、今のところ独り身だった。

もちろん結婚という意味でもない。当たり前のことだが、彼は
高校生で、まだまだ若い。家族というのは父親と母親であり、
現在は、父親も母親もいない。どちらもごく最近亡くなった。

よくよく考えてみれば孤独な身なのだから、何かのしがらみを
背負っているわけではない。

最近、飼いモモンガのとーらも頻繁にいなくなる。いなくなっては
泥だらけになって帰ってくる。

それと大して変わらない。

高浩は、朝の道を歩いていた。夜に比べれば随分活気がある
町並みだが、それはせいぜい、軒先を掃除しているおばさんと
挨拶を交わす程度のことである。この常葉町で数多くの人とすれ違う
ようなことは、基本的にはない。

日課となっている荷物配達と、ご老人の御用聞きの途中である。

こうしている時も、心のなかにはまだ、昨日の夜のことが
ざわざわとした感触でしがみついているのだ。

そう、だから――


  「私を東京に連れていってくれないか」


誰に対するしがらみもない、ということ、だ。

「……そんな事を言ったってなぁ。しがらみとか以前の問題じゃないか」

昨晩。祭りの帰り道で、突然そんな事を頼まれた。
吉野千歳。あの住職の娘に。

高浩は即答することができず、また後日返答すると言った。

木桧みずほを背負い、彼女を家に送る間も、ずっと。

ずっと、高浩は考えていた。


みずほを彼女の母親に預け、月光の下、夜露でしっとりと湿った道を歩く
間も、ずっと考えていた。
東京でも、彼女ほど美しい女の子には出会ったことがない。
千歳を友人に見せたとしたら、それは驚くだろうし、見せてみたいと
そんな風に考えるのも仕方がない。


彼女も、旭川なら一緒に行ったが、それより遠方にはどこにも行ったことが
ないのだから、何もかもがスケールの大きい、洗練された美しい東京の
丸の内の街並みを見せてみたいなんて事も考える。

こちらではアウェーだが、東京ならホームグラウンドだし、
彼女が驚きそうなものも、最近開業した日本で最も高い電波塔も見せて
あげることができる。

浅草から見るあの塔は、感嘆するほどに大きいのだ。


そして、それを案内することは、自分にとってもきっと楽しいだろう。
高浩自身、彼女に対して多少なりとも、好意を抱いてはいることを認めて
いるのだ。言ってみればデートだ。楽しいのは間違いない。



そうだろう。


……



「そう、考えているならまだ良いんだ。それが、普通なんだから」

ごく当たり前な東京旅行だ。

旅行というのは、楽しい想い出を作ることができる、娯楽のひとつだ。

問題は。

千歳の言うその言葉の意味が、
決して、それではないということだった。

  「私を東京につれていって欲しい。そして、母親に……会いたい」




彼女は、

東京で彼女の母親に会いたい、そう願っている。

「あー……!」

わしわしと、右手で頭を掻いた。
千歳の性格はある程度わかっている。
一度そう思ったなら、彼女はどこまでも諦めないだろう。

それは少し前、吉野洸清、つまり千歳の父親に会ったときに、話したことの
繰り返しになる。

吉野渚。彼女の母親は、デザイナーになる夢を諦めきれずに復学した。
しかしその後、消息不明になった。

  「どうして東京なんだ?」
  「母がそこにいると聞いた」



嘘だ。

高浩は、彼女がそう言った瞬間に本当は、そう言いたかった。
嘘なんだ。

喉元まで出かかる言葉は霧散し、聴こえない溜め息に変わる。


  「父がそう言っていた。母は今、東京で仕事をしている」



奥歯が、嫌な音を立てる。

それは嘘なんだ。

本当は札幌の大学に復学して、しばらくの後、下宿先から消えた。
札幌では簡単に探しに行けるから、吉野洸清がついた嘘だ。
東京に行っても母親はいない。

いないんだ。
来たって無駄なんだ。探し求めている人には会えない。
そこにいないのだから。

  「私は何とかして、母親の住所を聞き出す。いや、わからないように
  調べてみる。きっと手がかりがあるはずなんだ。一緒に探してくれないか。
  探すのに協力できないというなら、せめてしばらく住まわしてくれないか。
  決して邪魔にならないようにする。料理や掃除、洗濯には自信もあるし、
  だから、どうかお願いする。この通りだ。私には、今しかないような気が
  するんだ。今しか……。そんな気が……する」


学校があるとか、父親が反対するとか、そんな言葉で逃げられるような
語気ではない。真剣に、彼女は思っていた。
その思いが、辛くて辛くてしかたがない。

高浩は思う。母親が死んだことを知っている自分。そして真実を知らない千歳。
どちらも不幸ではあっても、そこには決定的な差がある。

それをかわいそうだと思う。同情する。
真実を知ることができればいいと思う。
しかし、それは、きっと残酷な結果にしかならないのではないか?

彼女の父親は、少なくともそんなことを望んでいないだろう。
知ることと、許すことは別だ。




高浩は、答えが出せなかった。

いくら考えても、どうしようもなかった。

せめて、吉野洸清から、彼女の母親が失踪した経緯を聞いてさえいなければ、
何も考えずに千歳を東京へ連れて行けたのかもしれない。

そして、母親が見つからず、残念だったなと慰められたのかもしれない。

だが、今の自分ではダメだ。
そんな事はできない。
それは、真っ直ぐに生きている吉野千歳に対し、あまりにも冷酷だ。

真っ青な空と、かすれたように淡い雲を見つめて呟いた。

「俺は、彼女に嘘をつけない。そんな気がする。そして、見抜かれて、
よりひどく傷つけてしまう気がするんだ」

予感というより確信だった。
だから、本当のことを言うしかないんだろうと、思った。
吉野洸清、彼女の父親に謝ることになったとしても。







そのとき、あれほど照っていた太陽が欠けた。





バタタタタタタタタタタ


急速に近づく轟音。

そして強くなってくる風。

吹き上がる砂ぼこり。


大きな黒い物体が近づく。


「……!?」


高浩は、声も上げられずに立ち尽くしていた。
大空から舞い降りてきたそれは、ヘリコプターである。

道路のど真ん中に、唐突にヘリコプターが降りてきたのだ。

暴風とも言える風が身体を吹き飛ばしにかかる。こんな近距離でヘリコプターを
見たのは初めてだ。案外小さいような気がするが、音に圧倒される。


着陸したヘリコプターの操縦席のドアが開く。スーツ、というかタキシード姿の
初老の紳士が降り、次に客室のスライドドアを引いた。

恭しく紳士が手を差し出すと、客室から象牙色の美しい手が伸びて、
それに重ねられた。

タッ

ブーツがアスファルトを蹴る音。

ふぁさっ、っと、腰まである、長い髪の毛が風に舞った。象牙色の細腕は、頭の
ワイン色をしたベルベットの丸帽子を抑えていた。女性だ。
その若い女性は、たくさんのプリーツがあるチェック柄の、クラシカルな
ゴシックスカートに、フリルが白いライン状に入った丸首ブラウスと
リボンを組み合わせた出で立ちで、真っ黒いヘリコプターから降りてきた。

尋常ではない。

その、原宿でよく見るゴシックロリータ風な格好と、全く不釣り合いな
ヘリコプターのコントラストもそう。しかも、降りてきたのはとびきりの、
お姫様のような色白の美少女だった。

ヘリコプターの羽の回転がゆっくりになって、ようやく風も収まってくる。

彼女は、青みがかった大きな瞳で、驚いて戸惑っている高浩のことを
じっと見ていた。高浩は、彼女は一体なんなのか。どういうつもりで、
この町に、しかも道路に、ヘリコプターで降りてきたのか聞こうと思った。

思ったが、それこそ、考えがまとまらない。何しろ突然の事だ。

皮のブーツが地面を踏んで、前へ進む。

前には高浩がいる。呆然としている高浩が。

「もしもし、道を尋ねたいのですが」

落ち着いた声。だが、高めの可愛らしい音階で、耳に残るような優しげな
雰囲気を醸し出す。その、異世界からやってきたような女の子の声。

「……はい?」

高浩はそれだけ、やっと返した。
女性はさらに続ける。

「この近くに、蒸気機関車があるはずなのですが、ご存じですか?」
「え、あ、ああ。知ってるけど、一体どうして」
「では、案内していただけますか」
「え、いや」

高浩は手を降る。

「ちょっと今仕事中で、場所を教えるから自分で行ってくれないか」
「なるほど。勤労に励んでいるのですか。お若い身空で大したものですね」

おそらく、そんなには年が違わない……多分いくつか年上といった程度の
彼女は、極上の笑顔でにっこりと微笑んだ。

「しかしこの私の要請は、その場所へ案内をしろという意味でしたのですが、
貴方の耳はどうやら耳の形をしたチクワだった模様で、要請の言葉をうっかり
聞き逃していたと私は判断しました。そこで寛容なことに、私はもう一度、
貴方の残念すぎる腐りチクワにも聞こえるように、優しくはっきりと
お願いさせていただきます。その場所へご案内していただきたいのですが」

微笑みを携えたまま、よく通る声でそう言った。

……とても美しい声で。

「……は?」

「では参りましょうか。お先にどうぞ」

「……あの、だからね、俺は配達中の――!!」

しゃべっているその口に
冷たい感触があって、慌てて口を……閉じ、なかった。

「お嬢様。一般市民でございます。何卒」

執事風の紳士が穏やかに言うが、彼女は……。

彼女は、高浩の口に、銀色に鈍く輝く両刃のナイフを『こじ入れて』、
相変わらずにっこりと微笑んでる。ナイフは横向きで、例えて言うなら
今の状況は、内科で喉の炎症を診察されるときに、舌を金属の板で
押し下げている時の、あんな状況である。

口をとっさに閉じていたら、どうなっていたかはわからない。

「徳永、この一般市民の男性は、私のエスコートを拒否しました。
それも私の貴重な時間を費やし、豚でもわかるように、心の底から二度も
お願いをしたにも関わらず。それは許しがたき事です」
「お嬢様の言には一理あります」

ないよ!!

高浩は口が効けないが、思いっきり心の中でツッ込んだ。

「優しくお願いしても無理なのであれば、刃物でお願いするのが私の流儀です」

嫌な流儀すぎる。

「しかしお嬢様。お時間もございますので何卒」
「……仕方がありませんね。徳永がそこまで言うのであれば
ここは刃を引きましょう」

刃物を突きつけた女は、馴れた手つきでナイフを折り畳むと、腰の後ろ辺りに
ごそごそと仕舞い、
頬にかかった長い髪の毛を片手で払うと、腰に手を当てた。

「物事、交渉で大切なことというのは、要求と譲歩のバランスにあります」
「……何がだ……」

高浩は口元が無事なのか確かめながらうめく。
その女は、全く悪びれる様子もなく、というよりむしろ、高浩をたしなめる
ような口調で言ってのけた。

「私はナイフをしまう譲歩をしましたので、要求を飲むべきです」

いやいやいやいやいや!!

唖然として肩を落とした高浩は、ひどくムカムカするこめかみの辺りを
右手で押さえて、呟いた。

「お前何とんでもないこと抜かしやがる。先に刃物を出して、それを引っ込めて
譲歩しましたってどういう神経で」
「お前?」

女は眉間にシワを寄せ、その単語を繰り返した。

「お前と言いましたか」
「言って悪いか。突然現れて人にむっちゃくちゃなゴブッ!?」

喋っている途中に、彼女のスカートが突然跳ね上がったと高浩が
認識した瞬間には、ブーツの先端が下腹部に突き刺さっていた。

「お前って呼ばないでください。大変不愉快ですので」

かなり本格的に痛かった。蹴られた下腹部は要するに男性器の上辺りで
そっち側ではないのだが、膀胱の真上であり、皮膚も脂肪も筋肉も
薄い、全く鍛えられない部分である。そこに先のとがったブーツが
めり込んだのだから痛くないわけがない。

「私は、倉石悠と申します。気安く悠と読んでいただいて結構ですが、
あえて敬称をつけたいと思うのであれば、『様』でお願いします。
おや、もしかして痛かったのでしょうか? ごめんなさい一言断ってから
蹴るべきでしたか」

高浩は自他ともに認めるぐらい温厚で品行方正に生きてきたと
思っているが(評価基準の中間を学校で教師を殴る生徒レベルにするなら
大分マシであるという程度に)
さすがにこうも理不尽にやられては、黙っていられない。

「な、に、し、や、が、る……!!」
「看過できない言葉のハラスメントに対してか弱い女性が出来る事と言えば、
人体の急所を金属入りのブーツで蹴り上げることぐらいしかできません」
「か弱い女性があんな本気で蹴るか!!」
「それにしても膝をついて泣きわめくか昏倒するかと思いましたが、
意外に頑丈な男ですね。孝一並に」

誰かはわからない人間と比較されて嬉しいものでもない。

「わかりました。その根性を高く評価し、テストは合格とします。私を
蒸気機関車が置いているところまで案内する権利を差し上げます。
まさか断るわけはないでしょうが、断れば――先程蹴った場所の少し下に
象が踏んでも壊れない特殊金属入りブーツがめり込み、睾丸の2~3個は
砕け散ることになりますが、どうですか」
「ふざけんな!! てか3個あるわけないだろうが!」

そういう問題でもないのだが。

「徳永、3個はないのですか?」
「ございませんお嬢様」
「そう……だったのですか……」

なぜかよくわからないが、女はショックを受けているようだった。

「2.5個という事はないですか?」
「ございませんお嬢様」
「それは残念です」

「あれー? こんなとこにへりこぷたーが止まってる!!」

陽気そうな少女の声が聞こえて、高浩は振り返った。

「遊花?」

牧野遊花。中学二年生の女の子で、髪の毛を二つ結びにした、まだあどけなさが
残る女の子だった。

高浩はこの子に、なんとなく理由もなく、なつかれている。

「タカ兄ちゃんはどうしたの? このへりこぷたー」
「いや、ちょっとな」

どうと言われても説明のしようがない。

「そうだ、遊花。ちょっとお願いがあるんだが」

ちょうどいいところに遊花が現れたので、彼女に、その倉石悠という女が
C62の倉庫に行きたいと言っている件を伝えた。

「シロクニの倉庫に案内して欲しいんだ? わかった! 遊花がつれていく!」
「頼んだ」
「後でタカ兄ちゃんも来てね。一緒に遊ぼうね。夕方はお祭りね。今日は
一緒に回ろうね。遊花と一緒にね」
「ああ、わかったよ」
「わーい、タカ兄ちゃん大好き!! いいこいいこしてあげる!」
「しなくていいしなくていい」

ぴょんぴょん飛びながら、撫でるというか軽く頭を叩いてくる遊花を
適当にあやしつつ、悠に。

「じゃあそういうことで、倉庫にはこの子が案内しますんで」
「そうですか。それはそれとして、あなた」
「俺はもう行くんで。それじゃ」

歩こうとした時、
ちくり、と背中に針で刺されたような痛みが走る。

「そういえば、あなたの名前を聞いていませんが。まさか女性に名乗らせて
おいて、名前も言わずに立ち去ろうとしていませんか? 一体どのような
貧困な教育を受けたら、そのような礼を失した人間が育つのでしょうか。
ですよね、タカ兄ちゃんとやら?」

ナイフで背中を突っつきながら言う倉石悠に、いい加減反抗する気力も失せ
半ば諦めながら、振り返りもせずに高浩は名乗った。

「……有沢高浩だよ」
「有沢? 関係者ですか?」
「関係者? 何の事だ?」
「蒸気機関車の所有者に関係する者かどうか聞いているのです」
「……? 所有者は俺じゃないだろ。関係者って言うなら関係はあるかもな。
元々は俺の曾祖父の持ち物だったらしいし」
「そうですか。よくわかりました。どうぞご自由に」

背中の威圧感がなくなり、高浩は怪訝そうに振り返った。

倉石悠。変な格好の彼女はもう背を向けて、遊花を先頭に歩き出していた。
高浩の事など忘れたような態度で。

「私は牧野遊花だよ!」
「倉石悠です。悠とお呼びなさい」
「悠ちゃんね。かわいい名前だね!」
「馴れ馴れしく呼ばないでください」

そんなことを喋りながら遠ざかっていく3人を見て、高浩は何か、
なんとも言えない胸騒ぎを感じていた。

その胸騒ぎの原因は何なのか。

路上に置きっぱなしのヘリコプターを見て、実際のところ……
本当に、言葉にはならない違和感を感じていた。



その日、高浩は極めて早いペースで残りの仕事を片付けた。
ところどころ走っていたので、時間にしてみればほんの20分か
そのぐらいだった。

天気はとても良くて、さわやかな風が吹く午前の常葉町。


それでもうっすらと汗をかくほどに、急ぎ足で『倉庫』へと
向かったのだった。

どちらかといえばその時は、漠然とした不安と言うか、疑問と言うか、
その程度のものだった。

様々なことが時間をかけて理解できてくる。

理解できれくれば、不可解なことがいくつも浮かんでくるのだ。
それは、そもそもの話だ。


彼女が

『なぜ来たのか?』


ひどく簡潔で、単純で、それなのに複雑な問題は、
高浩が倉庫の前にたどり着いたときにほぼ、顕在化していたのだった。


端的に言えば、最悪の状況でもって。


「シロクニにさわらないで!! これは遊花のものなの!!」


開け放たれた倉庫の扉の中で、牧野遊花は泣きながら、そう叫んでいた。




(46)終

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