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Way To The Blue 44話

夕暮れと夜が交錯する時間は、まるで空気が入れ替わったように
寂しさを湛えて、うずくまる。

冷めた地面。名も知らない夏の草。路傍の小石。淡く響く黒い潮騒。
何度も見た景色。何度も吸い込んだ空気。

それが、今はきらめきの中にゆれる。まるで陽炎のように。
人の作る影のせいだと気がつくには、もう少しの時間が必要だ。


なぜなら、祭りの夜は始まったばかりだからだ。




風邪で寝込んでいる木桧みずほを放っておくことにした高浩は、
常葉町で開催される最大のお祭り。夏祭りを見て回っていた。

毎日その祭りの準備をしているのを見ていたのだから、
特別に驚くような事もないだろうと考えていた。しかし、
それは良い意味で裏切られることになる。

常葉町の祭りは最大で300以上の露天が集まる。ときには、
隣の留々辺市で行われる祭りより盛大だという。
人口比で見れば不思議なことなのだが、それは以前の町長による
非常に熱心な宣伝と定着活動によるものだという。



昨日彼女が言っていた事を思い出す。


『ええっと、高浩くんのひいおじいちゃんになるわけだけど』

そう言われると何かむず痒いのだが、そういう説明をされて
無関係とは思えない高浩だった。

言ったのは、喫茶店『RAILWAY』の店主。盲目の女性。
藤ノ木ふたえだ。
真っ白なナプキンでお皿を器用に拭きながら、藤ノ木ふたえは
懐かしそうに回想する。

『高浩くんのひいおじいちゃんは、なんていうか、エネルギーが
有り余ってるような感じの面白い人だったわ。蒸気機関車は
買い取っちゃうし、お祭りとかのイベントの出店料をタダ同然に
しちゃうし。私もほとんど覚えてないんだけれど、やっぱり
そういうとことは高浩くんに似てる感じ? かな?』

お世辞で言ってるなら、もうすこし分かりやすくしてほしいぐらい。

そのぐらい真面目な口調だった。

『高浩くんは浩樹くん、そう、お父さんにそっくりだもんね』

高浩が否定の言葉を紡ぐ前に、藤ノ木ふたえは、汚れない天女でも
そこに降臨してきたかのような柔らかな微笑で。

『私はこんな目だから行けないけど、高浩くんは、好きな女の子でも誘って
お祭りを見に行くこと。これは、あなたの雇い主からの命令です。
お父さんみたいに、すぐどっかに行っちゃったり、女の子に対して
消極的っていうのは許さないんです。きっぱりはっきり、びしっと。ね』

そう言われて拒否など出来るはずがない。


話の終わりに。

同時に差し出された封筒の中には1万円が入っていたので、こっそり
閉店時刻以降、ふたえの上着を取ってあげる振りをして、彼女の服の
ポケットに戻した。

ふたえはいちいちそうやってお小遣いをくれるのだが、高浩自身、
それに見合うような働きをしているとは、どうしても思えない。

普段やっていることと言えば、たいして重くもない荷物やお弁当を、
お年寄りや、働いていて家を空けることが多い人のところへ運んでいる
だけだ。本来なら、例えば都会なら、新聞配達の仕事の半分もない。

だから、貰いすぎた分こっそりと返しておいたのだが、

ふたえを家まで送り、再びRAILWAYに戻ってきたときに、高浩は
気づき、戦慄を覚える。

高浩が着ているフード付きパーカーのそのフードに、さっきこっそり
差し入れたはずの封筒が入っていることに。

藤ノ木ふたえは目は見えなくても、極めて耳が良い。封筒を戻した
音を聞かれたのかもしれない。



仕方なく。

祭りの日で臨時休業である今日は、RAILWAYの花壇の清掃をした。
これでも一万円の価値があるかどうか、わからない。

というより、花壇じゃなかったものを花壇っぽい姿に戻した作業と
言えなくもない。花がない花壇だが、雑草まみれよりはマシだ。


ポケットに入れた封筒を撫でた後、高浩は肩に乗っているエゾモモンガの
とーらに、小さなため息混じりの視線を送ってみた。

茶色い翼付きの生き物は、特に何も言うことなく
高浩に黒い目玉を向けている。

非難は違う。拒絶でもない。遠慮……

……遠慮でもない。

充足。
満たされているから、だ。

「何を今さら、だよ。俺は貰いすぎだって言ってるんだ」

様々なものを。様々な形で。




メリーゴーラウンドに乗ったような夜だった。

盛夏ながら秋の気配も漂わせる港町。常葉町の、1年にたった一度きりの
祭りを前にして、様々な場所から人が湧き出ていた。

寄せ集まっているとも言える。

東京であれば、集まるまでもなく既に人は多い。だから何の地域感も
感じないのだが、この場所にはある。
北から、南から、東から。集まってきた人たちの、楽しげな声を聞きながら
高浩はただ、なんとなく祭りの中を歩いていた。

「高浩君じゃないかい」

名を呼ぶ声が聞こえて振り返る。

「ああ、木田さん? こんばんは」
「あらー、一人?」

高浩の見知った顔だった。白髪の女性。
配達でよく訪問する家の方で、70歳ぐらいのお婆ちゃんだ。
よくお茶や菓子をご馳走になり、話などもする。

仕事が残っていても、ずっと話しかけてきて、なかなか放してくれない。

最初は戸惑ったが、次第に話をすること自体が当たり前のように
なっていた。

「そうですね。一人です」
「一人じゃ寂しいでしょう。お祭りの夜に」
「いえ、そうでもないんです。昔から一人でいる時間が長かったので」
「へぇ。大人っぽいんだからねぇ」

高浩は苦笑した。

「そんなことはないですよ」
「あれ、月方さんのところの子。お店やってるでしょう」
「え、どこでですか?」
「あら知らなかったの。まっすぐ行ったところに」
「そうですか。顔を出してみます。木田さんはどうしたんですか?」
「買い物に行くついでなの」
「お手伝いしましょうか?」
「いいのいいの。お豆腐買ってくるだけだから」

会釈して、高齢の割にはしっかりした足取りで、人混みの中に消えて行く
姿を見送った。

町の人に話しかけられるのも珍しくない。

3週間もこうして常葉町にいると、色々な人が顔を覚えてくれる。
高浩はそれが、とても心地よかった。

「……そうか。そうだよな。3週間か」

一人で過ごすことが多かった。
それは本当だ。

先程示された先の方に向かって、人の流れに乗るようにして歩き出す。
そして考える。
本当のことだ。

現に今だって一人だ。それでも、一人でいることが苦痛だと思った
ことはない。孤独の質が違う。
一人で生きる意味が、田舎と都会では違うらしい。

……

…………

いや、違うのか……?

もしかしたら、自分が間違っているのかもしれない。

ただ。

ただ、気づかない振りをしているだけで、
本当は、誰かに側に居て欲しくて、
それが、誰かの迷惑になるんじゃないかと思って……

いつも、帰らない父親を待ち続けた母親の迷惑になるかと思って……

そう思って……。



5軒ほど屋台の列を進んだ先に、見知った女の子が一生懸命に
たこ焼きを焼いている姿を見つけ、高浩はひとつ、
小さくため息をついた。

そう。

そう思って、その状況を受け入れて。
帰ってくるのを待ち続けた。

待ち続けていたんだ。

まるで、まるで、公園の砂場で泣いている子供のように。

誰かに声を掛けられて、頭を撫でてもらえるのを
じっと待ち続けていたんだ。

なんだ……。


寂しかったんじゃないか……。



「いらっしゃいませ! って……、あ、た」
「よっ。万里ちゃん。忙しい?」
「あ……あの、いらっしゃいませ……」

ややオクターブを下げた挨拶が万里の口からこぼれた。
声量的には、後者の方が彼女らしい。

「たこ焼き売ってたんだ。さっき木田さんが教えてくれてさ。
万里ちゃんがいるって」
「そ、そう……ですか」

万里は答えながら視線を落として、慣れた手つきでたこ焼きを転がす。
彼女の後ろには椅子に座り、何もせずうとうとしている母親の絵理菜が
いた。

「忙しいところごめん。邪魔したかな」
「いいえ! そんなこと、ないです、けど」
「商売って大変だよな。色々気を付けないとならないし」

髪を頭の後ろに結び、黄色いエプロンをつけた万里は、もじもじと
恥ずかしそうに視線を下に落とした。

たこ焼き用の鉄板の上には、ころころとした丸いものが良い焼き色をつけて
たくさん乗っている。ところどころに見える赤い色は紅しょうがで、
見るからに旨そうだった。

高浩はジーンズの後ろポケットから財布を取り出した。

「一つもらうよ。いくら?」
「え! ご、いやあの、100円です!」
「500円って書いてあるけど」
「あああいえあの、間違えて、それで、その、や、やっぱり、好きかなって」
「……え?」
「た、たこ焼き、す、好きかなって!」
「……う、うん。好きだけど」

万里は、鉄板が暑いのか上気した顔で、乱暴にプラスチックのトレイを一つ
手に取ると、並んでいるたこ焼きを鮮やかな手つきで載せていった。
4つ、8つ、12個、……

16個目で既に限界となる4段積みの状態で、ソースを塗りたくり、青海苔と
共に豪快にかつおぶしをぶっかけた。いや、盛った。いや、被せた。

「や、焼きすぎたから!! これ、おまけだから!」
「……万里ちゃん、その、なんかそれ、おまけとかそういうのじゃなくもう……。
あの、こっちの。もう折り詰めしてあるやつでいいからさ!」
「いいの!! もらって!!」

割と血走った目で、万里は突き出す。
差し出された、名付けるとすればメガ盛りなそれを、高浩は気圧されながらも
受け取った。

たこ焼きであるという先入観を除けば、ペットボトルのジュース1本に匹敵する
重さのそれを。

「……こんなにか?」
「あの、ごめんなさい。あの、それあの、きっとおいしくないと思うけど、
他になんもなくて、それで、たこ焼きとか好きだって言うから、いっぱい
食べて欲しくて、でもきっとおいしくないと思うから、食べなくても
いいですから! 私、それで、前からずっと高浩さんに謝らなきゃダメだと思ってて」
「……何のことを?」
「え、い、いえ、その、高浩さんは知らないことなんですけど」
「……俺の知らないことを謝られても……」
「そうじゃなくて、だから、あの、私! その、謝るっていうか、そういうのじゃ
なくて、たぶん私、私……何言ってんのかな……。あの、だから、言わなきゃ
ならないことがあって」

上気した顔で、少し見上げるような感じで、アクリルのショーケース越しに
見ている万里は、どこかおかしかった。
こんなにたくさん喋るのを見たことはなかったし、二人で話して笑うときも、
こんな感じではなかった。

高浩はそれを知っている。もう随分昔のことのように感じるが、万里と
二人で話した。彼女は傷つきやすく、大人のような子供のような、
しっかりしているような、抜けているような……。

限りなくおっとりとし、マイペースな母親にも似ている。
線の細い真面目そうな、父親にも似ている。

そういう愛らしい、普通の。どこにでもいる女子高生で。

そうだった。と、高浩は思い出していた。とてつもなく、今更なことを。
そういえば、彼女は自分と同じ学年なんだということ。

もしかして、生まれが違ったなら、
彼女はクラスメートで、学校で普通に談笑したりするような、
そういう女の子だということを。


「高浩さんに、私、ずっと言わなきゃって思ってたことがあって……」

なぜ?
なぜ突然、そんな事を言い出すのか?
なぜ突然自分は、そんな事を考え出すのか?
万里は同じ年齢の、同じ高校生の……。

そんな意識を突然持った、その意味を――
考える間もなく――


「おい、後ろ並んでんだよ」

高浩が振り替えると、厳つい顔の中年が背中側に立っていた。

その後ろには浴衣姿のアベック。子供。おばさん……。
みんなイライラした表情で、高浩の事を見つめ……いや、睨んでいる。

「す、すみません!!」

「あ、ちょっ」

万里の声が聞こえたが、高浩は逃げるようにその場を離れた。



人影はどこまで行っても途切れず、出店の列も同じように続く。

高浩は川のようなその中を、流れに任せて歩いていた。
風船を売る者。玩具のひもくじ。型抜き。クレープ屋。色とりどりの
ビー玉を並べている店。鮮やかにトッピングしたチョコバナナの店。
ハチミツの良い香りを漂わせるカステラ屋。
晩御飯の時間であるために客が並んでいるお好み焼き屋。

そして中央。

高浩はいつしか、町の中心にあたる役場脇の公園まで来ていた。

町の中心地に位置するそこには、大きなやぐらが建てられ、太鼓と笛の音が
響き渡る。
周辺に無数に並べられた椅子とテーブルには、家族連れや年配の夫婦が
座り、ビールやつまみなどを並べていた。

太鼓の音に合わせて、盆踊りを踊る少女も数人いる。

赤い提灯と水銀灯の光の中で、赤ら顔の大人たちはみんな楽しそうに、
この夜を過ごしていた。

自分もそう。
一人でも楽しいと思う。

でも、誰かと一緒にいたらきっと……

「高浩?」

不意に後ろから声をかけられ、びっくりして振り替えると

「なんだ。そんなに驚いて。びくっとしたじゃないか」

高浩は驚いたというか、少し気恥ずかしい想いを巡らせていた時に、
声をかけられたからだ。どこか、隠したいような感情を見せかけて。

そういうことだから、本当に驚いた表情をしている髪の長い女性……
吉野千歳とは若干異なると思う。

「千歳さんか。驚いたわけじゃないけど、びくっとしちゃって」

言い訳になっていない。

「驚いてるんじゃないか。面白いことを言うな。高浩は」

笑い声を上げたりせずに、ほんの少しだけ表情を緩めるだけで感情を
表してくれた千歳。千歳は、とても綺麗な白地に朝顔の柄の浴衣を
身に付けていた。

そして、

「なんだ有沢研究員は一人か。誰も一緒にいないのか?」

川井智恋。こっちはいつもと全く変わらない白衣と普段着で、
意外そうな顔で高浩を見ている。

「てっきり女連れかと思ったが! 意外にモテない男だな。なぁ、千歳さん」
「……」

智恋がにんまりそう言っても、千歳は眉ひとつ動かさず。どちらかというと
少しだけ困ったような感じで黙っている。

現に高浩も困るのだが、こほん、と一つ咳払いをした。かなりわざとらしく。

「同年代の友達はそんなにいませんし、彼女がいなけりゃいけないわけでも
ないでしょう」

と言うと、智恋はなぜか的を射たりという表情で頷いた。

「全く同感だ。なにかってーと世間様は惚れたハレたの一辺倒。科学者として
純粋に祭りを楽しみたいという誠実な想いを理解してくれないと言いたいかな」
「いや、断じて違いますけど」
「照れなくていい。私には全部わかってる」

絶対何一つわかってくれてないと高浩は確信していた。

それにしても、と。

「ん?」

視線に気づいたのか、吉野千歳は小首を傾げた。

「高浩。何か?」
「その浴衣。そういうの、持ってるんだなって」
「これは母親のものだ。初めて着てみた。どうだろうか?」

両手を小さく広げ、その場でくるくると回る。
その仕草が子供のようで、可愛い。

「凄く似合ってると思いますよ」
「それは良かった。実は母親の服を着るのは初めてなんだ。今まで
そういう気持ちにはなれなかったが、一回高浩に服を買って貰ってから、
少し興味が湧いた。高浩のお陰で、楽しい気持ちで母親のものを身に付け
られたんだ。感謝している。しかし防虫剤の臭いがするからあまり
近づかない方がいい」

真面目な顔で冗談みたいなことを言う。
智恋が千歳に体を近づけ、臭いを嗅ぎながら。

「千歳。パラジクロロベンゼンの臭いというのは、感じる程度なら害はないぞ。
むしろいい臭いだ。何か、清々しい朝の香りのようで爽快だぞ。それほど
気にしなくてもいいんじゃないか?」
「智恋にはそうかもしれないが、高浩は嫌がるかもしれない」
「そうか。有沢研究員は虫か?」
「違うと思うのだが、個人の好みは私にはよくわからないのだ」
「疑問があれば有沢研究員に直接聞けばいいじゃないか?」
「そうか。智恋がそう言うなら聞いてみることにしよう」

千歳は高浩のほうを振り返り、

「高浩は防虫剤の臭いが好きか?」

そう尋ねてきた。

川井智恋と吉野千歳はあまり似てないと言うか、仲が良いと聞いても
どんな風に仲がいいのか想像もできなかったのだが、
どうやらこれは本物らしい。

本物……本気で、ちょっとおかしい組み合わせで噛み合っている。

(まるで漫才で、どっちもボケ役をやってるみたいな……)

二人と一緒に祭り見学をする約束をしなくて、ちょっとだけホッとした
高浩だった。


「あれは?」

会話が途切れた瞬間を狙って質問を投げ掛けたのは高浩だった。

高浩の視線の先を追って、吉野千歳と川井智恋がほぼ同時に『ああ』と
返事をする。

「カラオケ大会のステージだ」

『常葉市民カラオケ大会』
そういう看板が張ってある。
チープな紅白の垂れ幕に彩られたステージは、しっかりしているとは
思うのだがわりとボロい。

まぁそういうわけだから、
ステージなのは見てもわかるのだが、高浩が抱いた疑問は少し
それとは違う観点だった。

どちらかというと、そのステージの上に鎮座している物。

「いや、そのステージの上にある物々しい……ハンマーで殴りつけた
ドラム缶にトゲと鉄パイプをつけて溶岩に落としたようなもの」
「ああ、あれはカラオケ大会の景品だ。私の自信作だ!」

答えたのは智恋だった。大きくない胸を誇らしげに突き出し、
これ以上無いぐらいのドヤ顔で。

その禍々しい物体を、係員のような立場の人間が台車に載せて
ステージ裏へと運ぼうとしている。

非常に重そうに。

「……あれが景品?」
「そうだ。どうだ研究員。格好良いだろう! デザインに関しては
かなりの自信がある。もちろん機能面も素晴らしいが、我ながらあれは
傑作と言ってもいい出来だ」
「誰かを呪う機械?」
「 ? どういう意味だ?」
「いや、なんとなく……そういう物体かと思って」
「あれはオーブンレンジだ」

軽く、目眩がした。

「……オー……ブン……レンジ……だ……と……?」
「そう見えないのも無理はない。機能を追求した結果極めて斬新な
デザインとなったからな。TAV-88型 名前は『メガトン』だ」
「……メガ……ト……ン?」
「圧倒的な威力を表現してみたんだ」

オーブンレンジにどんな威力が必要なんだ。

「焼き上げの温度はマイナス60℃から3890℃まで設定できる。
タングステンも溶かすことができるすごい性能だ。その上で冷却能力
を持たせたオーブンは画期的と言える。テストしてみると、
目玉焼きは1.63秒、トーストが平均3秒。普通のオーブンで
20分以上かかるグラタンはなんと10秒でこんがり焼ける。
忙しい奥さまにきっと大好評だろう。
他に0秒~50年までのタイマー機能、解凍機能、80気圧の高圧
スチーム調理機能、さらにワンセグ、インターネット機能、
linaxサーバー機能、WAONのチャージ機能、TNT爆薬換算で5キロトンの
威力がある自爆機能とあらゆる機能が搭載されているが重量が400kgと
やや重いのが難点で」

「今最後に明らかに不要な機能がついていただろ」
「WAONか? 意外に便利だという話なんだ」
「いや、それじゃなくて」

ステージの脇に据え付けられた景品一覧表を見ると、智恋が作った
『オーブンレンジ』は特賞になっている。

「自爆したら具体的にはどうなるんだ?」
「そこまで考えて設計していないが……」

なぜしない。

「威力的には、半径2キロメートルぐらいは跡形も残らないはずだ」
「このカラオケ大会をやめさせよう」

智恋の目を見ながら、真剣に言った。
智恋はじっとその視線を見つめ返していたが、ちょっと困ったように
小首を傾げた。

「2丁目の吉田さんがこの大会に命を懸けて、毎晩練習していたはずだが」
「俺たちも命を懸けているんだ!」
「高浩、無理を言うのは良くない」

千歳が凛とした口調で、たしなめるように。

「カラオケ大会は常葉町の伝統行事だ。高浩の一存でやめるわけには
いかない。カラオケが好きじゃないのはわかるが、そこは我慢できないか」
「いや、カラオケが嫌いとは一言も言ってなくて、あの爆弾を止めないと
大変なことになると言いたいだけなんだが」
「爆弾?」

千歳は首を傾げた。

「オーブンレンジが?」
「……(ダメだ……)」

千歳は智恋の作ってるものが全く理解出来ていないのか、というより
聞き流している風に、なおも説明している智恋に適当に相づちを打っている。

どうしたものか。

「……特賞か」

つまり、優勝すればいいわけだ。優勝してあの機械を破壊すれば
常葉町は謎の爆発による全滅を免れる。

優勝すれば良いのだが。

「千歳さんは歌とか上手いですか?」
「歌ったことがないのでよくわからない。読経は自信があるのだが」

読経しても優勝は多分不可能だろう。
智恋は聞くまでもないし、というか優勝されても困る。

そうなると自分が出るしかないということになるが、
高浩は全く歌に自信がない。

カラオケに行っても、上手いと言われたことは一度もない。
むしろ、愛想笑いで『感情がこもってるね』と言われるような感じだ。


自力では無理ということになれば……。

「俺、ちょっと行くとこがありますんで。また後で!」
「え、高浩? 一緒に回らないのか? ちょ、ちょっと」

千歳が慌てた声を上げたが、高浩はきびすを返して、来た方向へと
逆に戻っていく。
また人波を掻き分けながら。


ある記憶が頭をよぎった。

『才能がある』

本当に才能のある人が、才能があると言った。

彼女に。

「万里ちゃん。カラオケ大会に出ないか?」

じゅうじゅうとたこ焼きが焼ける音が、ほんの微かに聞こえているが、
彼女の返答の代わりにはならない。

「……は?」

彼女の屋台の前、他のお客も並んでいるところに割り込み
高浩が言い放った言葉に、万里はただ、呆気にとられた表情を返していた。

万里は最初、ぽかんと口を開けたままで、
その次に舌が動き、喉が動いて……

「おっけー!!」



屋台の後ろ。

影になっている部分で、半分寝ていた母親の絵理菜が、代わりに
返事していた。



(44話 END)
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