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賭博と法律

オーイズミ等のカジノ関連の株が買われている。

アベノミクス成長戦略第三弾の発表を前に、カジノ特区の新設の
期待感によるものらしい。

普通に考えてちょっと望み薄だと思うが、ここ最近の日本の流れと
勢いから、まさに今しか無いのではないかと思うのが
賭博法改正だ。
何とかしないといけないと思ってる人は少なくないと思うが、
本気でなんとかしてくれている議員さんがいるかどうか、それはわからない。

そもそも賭博法とは。

刑法185条 賭博及び富くじに関する罪
賭博をした者は、五十万円以下の罰金又は科料に処する。
ただし、一時の娯楽に供する物を賭けたにとどまるときは、この限りでない。


改めて考えると、この日本では金銭を賭けるあらゆることが全て犯罪である。
小学生が「本当だな!? 100円賭けるか!?」って言ったら犯罪である。
逆に、凶悪な人相のヤーさんが賭け麻雀で100円賭けても同じように犯罪となる。
(もちろん裁判においてどういう判断が下されるかはこの際関係なく)

この法律が異常なことは、事金銭においては一切の例外を認めていない
ものである。そして状況や問題の細部に関係なく金銭の賭事は罪であると
一刀両断している事にある。

いまさら言うまでもないことだが、人生において博打なんてのは
水を飲むぐらい普通に行われていることであって
パチンコやパチスロや三競オートに限らず、常識として、
誰だってやるのである。だって考えてみろ。

誰も賭事などやらないのなら、なんで公営ギャンブルが成立しているのか。

刑法の定める所では、健全に生きている清く正しい人間は、
仲間内の飲み会で100円玉を賭けてじゃんけんをすることも
『犯罪行為許すまじ』と仲間全員を即通報するべきだとしている。
(ちなみに、実際に行わなくても100円を出しただけで罪に問える)

日本人はそのように金銭を賭けるギャンブルを極悪非道の所業と
断じて、まったくもってギャンブルなど一切許さず、その全てを憎悪し、
社会から賭事を駆逐するべきであるという国民性だと仰ってる。

しかし公営ギャンブルは行われており、GIレースや特別競走ともなれば
数万人の観客がやってくる。
事実上のギャンブルであるパチンコ、パチスロには毎日数百万人が
関与し、数万人が関連施設で働いている。

もっと言おう。
先日、2013年1月にこういう事件があった。

「京都府警は全国チェーンのマージャン店の従業員や運営会社社長を
賭博開張図利容疑で逮捕。賭博開張図利ほう助容疑で全自動卓の
販売会社社長
らを逮捕し、メーカー社長も事情聴取した。」


違法賭博に用いられる全自動麻雀卓は違法だとハッキリ言われている。
つまりギャンブルに関連し、ギャンブルに使われる物は違法である。

彼らの論理ではゲームのポケモンで相手のポケモンマスターをぶちたおし
千円とか奪っているあの行為自体、犯罪だ。そしてゲームは犯罪を幇助している。

ギャンブルとは勝負である。
勝負というのは人生そのものである。

賭博法を守るためには、他人との勝負自体が博打に繋がる行為だから
するべきではないというコトになる。
うっかりじゃんけんも出来ないので、品行方正に生きたいと願うなら、
まず両手首を切り落とすべきだ。

誰よりも遵法精神を求められる職種の人は大変だ。
警察官の採用条件にも、『両手が無い人』という条件を加えるべきだ。
言葉で賭事を持ちかけるのも犯罪行為なので、出来れば声も出せないほうがいい。
もしも、両手が欠損していて声帯が潰れている警官がいたとしたら
その方は間違いなく全警察官の鑑であり規範となるべき偉大な公務員だ。

さて、冗談はさておきまして。

そもそも賭博法は何のためにあるのか。
法律というのは、無意味にあるわけにもいかないので、何らかの意味が
そこの中にあるだろう。
これは江戸時代に流行った富くじを規制するもの、
及び暴力団のチンチロ、花札、手本引きなどを規制するものだ。
規制の理由は、これら違法賭博によって金銭が違法組織に流れることを防ぎ、
公営賭博を発展させることにより税収を得るためだ。

最初に戻っておさらいしてみる。

人間はどのような生き方であれ、必ず何処かでギャンブル、勝負に触れる。
深く入り込むものもいれば浅いものもいるが、ギャンブルに等しいことを
一切行なっていないなどということはない。
金銭を賭けていないだけで、金銭よりも価値が有るものを賭けている場合もある。
試験や出世、結婚などでだ。

ある程度の年齢の大人にとって、多少の金額の賭けは勝負に刺激を与え、
場を盛り上げるために必須と言ってもいい。

そもそも、人間の中の感情には「勝って嬉しい」「負けて悔しい」という
感情は絶対に必要なことだ。
そういう感情を持たない人間は無味乾燥で、新たなものを生み出す気概がない。
適度な博打のような緊張感は感情を動かし、生活に彩りを加える。
楽しみを与え、ストレスを解消させることもある。


健全な社会には賭事が必要なのだ。


金銭でなければ賭事をしても良いというが、金銭以外の賭事に向いたものを
いつでも用意している人などいないのだから、まるで見当外れな話だ。

で。

「本気でなんとかしてくれている議員さんがいるかどうか、それはわからない」
と私は言った。

賭博法とは、国にとってまったく害がなく、利益しかないという
実に素晴らしい法律なのだ。ある視点においては。

「国民がこのふざけた法律に我慢して従いさえすれば、違法賭博を検挙し、
公営ギャンブルで税金を回収できる」からだ。

改正する理由がない。
理由はないが、こんな昭和初期に定められたカビ臭い法律は
現代にまるでそぐわないのもまた事実だ。
しかも国民側への利益はない。
そもそも、そこまでして取り締まろうとするような暴力団も
今やおおっぴらに盆(賭場)など殆ど開催しない。
ネットギャンブルや、合法的な隙間産業など、いわゆるインテリ化
している。取り締まる暴力団もいないのに、この法律はただ単に
国民の自由を損なっているのである。


何とか出来ないものか。


そこで、こうしたらいいのではないかと思う。

まず第一に
◆三店方式の換金は合法として認め、パチンコ、パチスロ店は
 (健全な)民間遊技場として公式に認める。
何を語るにしてもまず、この部分をハッキリさせなければ
誰も何もあったもんじゃない。
これはパチンコ、パチスロ業界には多大なメリットがある。
グレー部分をクリーンにし、遊び手に面倒な要素(換金所を探したりとか)を
負わせることもなくなる。また、違法性があるとして
株式公開、上場などで不利になるパチンコ店が法的に認められる。

◆ただし、貸出、換金レートは現在の半分とする。もしくは、
 等価交換を完全に禁止し、特殊景品への換金は抑える。
 一般景品への換金を優先し、健全さを第一とする。

既に行き過ぎているパチンコ、パチスロの末期的な現状を変え、
遊技人口を維持するためにはこれは必須のことだ。
これにはもちろん、遊技台の価格を高騰させないことも含まれる。
また、新台への入れ替え数も規制すべきだ。
業界は、完全な負のスパイラルに陥っている。抜本的に変革する以外にない。
それは民間ギャンブルに関するネガティブなイメージからの脱却で、
カジノが設置されるのであれば、大きな遊技場としてのカジノの存在と
『大人向けのゲームセンター』である民間遊技場という位置付けに
変革していく。この中には、全面禁煙化などの厳しい措置も当然含まれる。
こうして変えた直後は当然、既存ファンからの激しい反発があるだろうが
「古き良きパチンコ」へ回帰する変革は、必ず業界のイメージを変え
『ホールは鉄火場』として忌み嫌っていた層も考えを改め、
長期的に見て良い方向へ向かうのではないか。


◆個人の間における賭事は、1日あたりの金額が1万円を超えない物に
 限る。未成年、学生は賭事を行なってはならない。
 但し、常習性、継続性がなく、決まった根拠を持たない事案で、
 500円に満たない極めて少額の金銭を遊戯として賭けることは
 違法とならない。

少額での個人のやり取りは許可される。
公営競馬や雀荘、パチンコ店など決まった根拠を持つ賭事には
学生や未成年は参加できないというこれまでの法律を曲げていない。

◆雀荘においては、千点あたり50円以下のレートでのみ
 賭けが許可される。
◆金銭の授受は店側が貸し出すICカードを用い、デポジットした
 金額を卓の端末等で電子的にやり取りし、その記録を残す。
 やり取りは点棒に従って自動化されることが望ましい。
◆ICカードの貸出は(初回のみ)身分証明書を必要とする。
 会員券として店が預かることはできるが、退店時に必ず一度精算する。
◆指紋認証等により、ICカードは他人に譲渡できない。
 (精算できない)

昭和20年ならいざしらず、現代ではやろうと思えばこのようにして
金銭のやり取りを透明化させ、なおかつ楽に管理できる。

◆賭事設備を設置する店は、WEBカメラなどで店の状況を
 常に記録し広く公開するか、範囲内の営業を証明する証拠を
 遅滞なく提出しなければならない。
 店内は照度を300ルクス以上保つ。

昭和20年ならガサ入れを人手で行なっていて、ギャンブル合法化の取締など
警察のマンパワーでは不可能だったかもしれないが、
現代であればあらゆる情報化ツールでオープンに出来る。
公開するとなると個人情報保護の観点から問題があると
思えるかもしれないが、リアルタイムでモザイクをかける
システムなど既に開発されている

誰もが監視し記録されている状況で賭場が開かれたりするわけがない。


法改正は簡単にはできない。
それはそうなのだが、結局自民党がたくさんの議席を確保し、
改憲ムードも高まっている今だからこそ、
日本を縛り付けている悪習ともいえるおかしな法律や
カラーテレビもなかった時代に作られたルールは、現代にそぐう形に
変更するべきではないかと思う。

国民投票でもなんでも構わない。
ちゃんとアナウンスすれば、時代遅れの法律は今や生産性を損なうだけで
無意味だと理解されるだろう。
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