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バスは大きな音を立てて出発した。

万里、千歳、智恋、みずほ、そして藤ノ木ふたえが見送る中、
駅前の小さなロータリーから出て行った高速バスは、すぐに小さく、
見えなくなった。

黒鉛。排気ガスの匂いも、すぐに無くなる。

「ふたえさん。帰ろう」

手を振っていたふたえが、名残惜しそうに見送っているのを
みずほが促して、帰路につく。

それまでは、みずほも一緒に手を振っていたのだが、
だんだん気恥ずかしくなって、やめた。

「東京ってどんなところなんだろう」

万里がそうつぶやくと、智恋が答える。

「札幌とそんなに違いは無いと思うけど?」
「川井先輩って東京行ったことあるんですか?」
「いや無いけど」
「えっ……」

万里が絶句すると、智恋は特に気にする様子もなく。

「どんなところっていうから、北海道も何も変わらないって言った。
だって日本語通じるんでしょ」
「人と車が多いらしい」

まるで守護でもしているかのように、智恋の後ろをついて歩いている
千歳が、肩越しに言ったが。

智恋は振り返りもしない。

「人が多い、車が多い、なんでも多いんだねー。でも別に北海道には
車がないわけじゃないし、人がいないわけでもないし」

両手を広げて、空へと向ける。


「大体、有沢高浩だって、私達と何も変わらない、普通の人間だったし」



小暮みずほは、少し離れて、3人について歩きながら。

藤ノ木ふたえの手を引きながら、なんともなしに呟いた。

「高浩は普通じゃない」


3人の足が止まる。


不可思議なことを言った人を、見つめて立ち止まる。

小暮みずほは、両手をぱたぱたと振り、びっくりして続けた。


「ち、違うの。つまり変な奴ってこと」

「そういう意味では変かもしれないな。私や智恋になぜか付き合って
やっていたし」

千歳が納得したように頷いたが、前を歩いていた人間から別な反応が
あらわれる。

「ちーとーせーくん。なぜ私がそこに出てくる?」
「前から言おうと思っていたのだが、白衣以外を着てみたらどうだ?
智恋には多分スカートが似合う気がする」
「いや無いから。持ってないから。着る気もないから」
「意外にいいものだぞ」
「おー出たよ上から目線。千歳先生は男とデートした時にウッキウキで
扇情的なスカートルックでキメてましたから、余裕ですかー」
「いいや、違う」


吉野千歳は、真顔で。

「高浩が似合うと言ってくれたからだ」



川井智恋は、うんざりした表情で、肩を落とした。

「重症だわーこの人」

「何がだ?」

「いや別に」



5人はそれぞれが、これまで一ヶ月間の休みの記憶を胸に秘めている。
これから学校生活が始まっても、ずっと忘れることはないだろう。


それぞれ、家の方角に向かって帰っていった。
みずほも、ふたえと一緒にRailwayへと帰る。


忘れることはないだろう。

そして、
人によっては、卒業すれば常葉町を出て、常葉町とは関係のない
人生を歩み始める事になるだろう。

こんな風に、5人がそれぞれ、互いに背を向けて。



私以外は。


みずほの心は、落ち着かないまま空中を彷徨っている風船だった。

風が吹けばどこまででも飛んでいってしまいそうだった。


それで、ちょっと前に一瞬だけ感じた違和感なんて、すっかり忘れて
しまっていた。


今度は、いつ。

高浩は、いつ来るだろう。


実は、高浩に渡した箱には仕掛けがしてあった。

それに彼が気がつくのはいつだろう。



気がついたことを、言いに来るのはいつだろう?


高浩が帰る前に、高浩の携帯電話の番号を聞いた。忘れ物があったら
連絡するからと言ったら、教えてくれた。

しかし、別に彼にとっての忘れ物など、この町にはきっと無いだろう。


「みずほちゃん。また、近いうちに高浩くんは来てくれる」
「そうですよね」

不意に、ふたえがそんなことを言った。
別に意識せずに、みずほも返した。




そうだ。

昨日のことだった。





ふたえさんは、あの時、断定する口調でそう言っていたな。



オレンジ色の炎を上げて燃えるRailwayを前に、みずほはなぜか、
そんな下らないことを思い出していた。













    <Way to the Blue 51>














白いページが多いノートのスミに書いてある電話番号を
ダイヤルしたのは午前5時ごろ。



なぜか寝付けず、窓の外を見ていたみずほは、Railwayの方角の空が
異様に明るく輝いているのを見つけた。

最初、朝日が登ったと思っていたが、朝日は西から登らない事を
思い出して、外に出た。


冷たい草露が白いズックのシューズを濡らすのも構わずに、
みずほは薄暗い中を走った。すぐに息が上がり、寝不足なこともあって
ふらふらとしてきたが、焦燥感に駆られ、走った。


光は、明らかにRailwayのある場所で起こっていた。

近づく度に確信する。
いや、近づくまでもない。

廃線跡の駅舎を改装して作った喫茶店。回りに他に家などない。


Railwayが燃えている。


バチバチと薪を燃やすような爆ぜる音とともに、何か胸をむかむかさせる
言いようのない悪臭が、あたりに充満している。
建造材ではなく、断熱ボードとかそういうものの燃える匂い。プラスチック
などが燃える匂い。そういうものが入り混じった匂い。

きな臭い、というのは、こういう匂いか。


ふたえは声も出ず、顔に感じる焼けるような熱気に圧倒されていた。


火を消さなければならない。

そう思うまで、10秒近くも棒立ちだった。消す? こんなに燃え上がった
家が、そんな簡単に消えるはずがない。

足がすくんでしまい、動けなかった。
心が絶望していた。

鎮火しなければならないということ。
そして、ふたえを……。



脳裏に浮かんだ名前を、みずほは頭痛とともに繰り返す。
藤ノ木ふたえに、このことを伝えなければ。

何よりも、この店を大切に守り続けたふたえに、
この事実を、伝えなければ……。


みずほは、燃えている事については、正直言ってあまり興味なかった。

ごく古い木造建築であるRailwayが火事になってしまうようなことは、
別に特別、ありえないようなことではない。

深い思い入れはあるが、嘆き悲しむようなことではない。

より深い思い入れがある藤ノ木ふたえがどう思っているか、という
そちらのほうが、より、みずほの意気をくじかせるものだった。


「ふたえさんに、知らせないと……」




実家に寄り、みずほは母親を叩き起こし、
それからふたえの実家へ行った。昨日は夜9時頃にふたえを送っていた。

それから、10時間も経っていないのに、戻ってきた。

ふたえのご両親も眠っていたようだが、あたりは通報から
にわかに騒がしくなり、町の消防車も出動していた。

おそらく、ふたえも気づいているだろう。

みずほがふたえの実家のコンビニエンスストア(夜は閉まっている)から、
燃えているRailwayの方角を見ながら、慌てて出てくるであろうふたえの
声を待っていた。


だが、ふたえの両親である老夫婦が、ふたえの部屋に行っても
そこには誰も居なかった。


そう告げられ、心底――


そう、心の底に、

氷の浮いた冷たい水でもぶっかけられたような感覚を覚えた。




ふたえの両親を押しのけるように、彼女の。大切な人の部屋に向かう。


みずほは、ふたえの部屋に入った。
過去に何度も何度も入ったことがあるその部屋は、みずほの崩壊した
部屋とは違ってきちんと整理整頓されていた。



あまりにも……完璧に――



ベッドはまるで乱れなく、誰かが寝ていたようにも見えなかった。
小さなテーブル。中学の頃から使っているという木製の机と椅子。

空の色で統一されたカーペットも、カーテンも。

まるで乱れがない。ゴミもない。


ふたえは、どこに。


「ふたえさんは、どこに行ったの」


震える。

本気で、身体が震えてくる。


さっきの、燃えるRailwayは、
まさか。

まさか。


まさか。そんな。
そんなこと、あるはずがない。



「まさか……Railwayにいるなんて……そんな事、あるわけがない……」


さっきの異臭。悪臭を思い出して、
みずほは思わず、吐き気を覚えた。

走って外に出て、アスファルト脇。道路横の排水口に倒れこみ、
嘔吐した。



「うぇっ……ごほっ……ごほっ……かはっ……!」


苦い胃液の塊を吐き出し、胃がひっくり返りそうになるような激痛を
まるごと吐き出しながら、
みずほは、嗚咽した。


ここにいないなら、ふたえはRailwayにいるだろう。

もしかしたら、先に火事を見つけていたかもしれない。
それなら行き違いになって――


そんなわけがない。

ふたえは目が見えないのだ。燃えているRailwayに気づけない。もしも、
木材の焦げる匂いで火事がわかったとしても、Railwayだとはわからない。
それに、焼けた臭いは今や、街中に漂っている。

ふたえが火事に気付いたのなら、みずほや小暮美砂……彼女の母親が
呼びかける前に、町の消防団が集まっている。


つまり、これは。

否定のしようがない……。

事実……。


ふらふらと、みずほは立ち上がった。


何かを考えて、そうしたわけではなく。単に、覚えている道を
覚えているように歩いただけだ。海外のゲームによくある、ゾンビのように
その辺をうろつくだけのような感じに。


足をひきずり、ふらふらと歩く。



みずほは、朝の5時頃に、自宅に帰った。
自宅には誰も居なかった。

ゆっくりと、二階への階段を踏み上がる。


自室の扉を開け、扉を後ろ手に閉める。

遠く、消防車のサイレンの音がする。
人々の喧騒も聞こえる。


ベッドに、みずほはもたれかかった。

涙はずっと流れていて、壊れたように流れ続けていて、
シーツにはすぐ、涙のシミが出来た。


ノートを開いたのは、すぐあとのこと。

殆ど、呆然としたまま、コードレス電話の子機を手に
書いてあった番号をダイヤルした。

行動にどんな意味があるのか。


電話をして、どうしたいのか。

小暮みずほは、そんな事を考えなかった。


この時の彼女の心を支配していたのは、恐怖。その一言で、
その恐怖を一瞬でも忘れたい、すがりたいものを選んだのが
その電話番号だった。

意味などわからない。そうしたかった、だから、そうした。


「もしもし」


「高浩、Railwayが、燃えてる……」


みずほは、抑揚なく呟いた。
声が、聞きたい。

自分がどうすればいいか、教えてほしい。

一言、一言が、絞り出すような努力を必要としていた。

単語は次から次へと脳裏に浮かんでくるのだが、それらを意味がある
言葉へと繋いでいこうという制御装置が働いていない。


深い、海の底まで。


「高浩、どうしよう。Railwayが燃えてて、ふたえさんがいないの。
ふたえさんがどこにいったかわからないの。Railwayは、すごく燃えてて、
私は、今うちにいる。怖いよ……! 考えたくないよ……! 何も
考えたくないの……!! 考えたら、すごく怖いの!
高浩、どうしよう……! あ、あたし、どうしたらいいの?」

ショックを受けて、恐慌状態に陥っている。それがわかっていても、
どうすることもできない。どうすることもできないから、怖い。

破裂しそうな情報の奔流、感情の渦潮に、どこまでも飲み込まれていく。


「Railwayに、行った方がいい? そのほうがいい? もしかしたら、
ふたえさんが中にいるかもしれないし、すぐ助けないといけないかな?
でも、もうすごく、崩れ落ちそうなほど燃えてた。
あれじゃ……誰だって……」

電話で話しながら、だんだん体が震えてきた。


こんなことが現実なのか。


実は眠っていて、夢を見ているのか。

教えてほしい。
高浩に。


《……みずほ。大丈夫だ。ふたえさんは、生きてる……》

「!?」


そう言われて、みずほは激怒した。

「そんなわけないじゃない!! じゃあ、ふたえさんはどこへ行ったの!?
適当言ってんじゃないわよ!! 絶対あそこにいるんだもん!!」

怒ったってどうにもならないとわかっているのに。


怒らないと、気絶しそうなぐらい恐ろしかった。
すぐに、謝らないといけにんじゃないか、と、みずほの脳裏の何処かが
冷静な声を上げたのだが、9割型の脳内の騒乱が、かき消してしまう。



《……みずほ……》


電話の向こうの、有沢高浩の声も、どこか、うつろに聞こえた。


《大丈夫だ……。Railwayに火を付けたのは、たぶんふたえさんだから》


ふたえは、それこそ心臓を冷たいナイフで一刺しされたような
感覚を覚えた。

「そんな……なんでそんな……高浩、わけわかんないこと……」

うめき、舌がもつれる。


意味がわからなさ過ぎる。

立ち上がっていなくてよかった。立ち上がっていたら確実に昏倒している。
血が一気にどこかへ引いてしまって、脳は酸欠で赤信号を灯している。
こんな状況で、自分はどうすればいいのか。



だから、それを教えてほしいと願っているのに!!



《……あとで話すから、ふたえさんを探してくれ》

「冷たいよ高浩は! そんな奴だと思わなかった!」

今度は、脳裏のどこからも反対意見は聞こえない。

高浩の気遣いのない態度に、みずほが怒ることは無理がない。そういう風に
みずほ自体が考えている。


実は、高浩もこの時、そう考えていたのだが、それはまた別な問題である。



《落ち着けよ。今は、まだ、ふたえさんは本当にすべきことをしていない。
だから、大丈夫だ》

不自然なほど、電話の向こうの声は冷静だ。
本当に、氷のように冷めている。

「あなた……本当に、高浩?」

今話している相手が、高浩かどうか聞いてしまうぐらいに、
みずほはその印象を、冷たく思った。


なぜ、Railwayが火事になったのにこんなふうに、冷静でいられるのか。

みずほには、それがわからないから。


《ふたえさんは、生きてる。少なくとも、俺がそっちへ行くまでは》



高浩が言った言葉の意味も、よくわかっていなかった。






~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~





どこでも、朝日ぐらいは登るものだ。

眼の奥に刺さるような眩しさを感じながら、高浩は身支度を整えた。


「……」

もちろん、今日から学校へ行く、

その準備ではない。


常葉町へ戻る準備だ。

始発の電車に乗るわけではない。
慌てて常葉町へ戻るわけじゃない。


行く所があるし、適当なタイミングで、学校へ連絡する必要がある。

友人にも。



マンションの部屋から出て、スチール製の頑丈な扉を閉め、施錠する。
しっかりと二箇所。


ここに、戻ってくることがあるだろうか。


旅行バックを肩から下げた高浩が、ドアノブを見つめたまま、奥歯を
噛み締めた。


次にこのドアを開くのは誰だ。


俺か。

それとも他人か。


もし、二度と戻って来られなかったとしても、泥棒に全て盗まれるより、
その他人が持っていったほうが役立つものもあるだろう。

鍵を施錠したことを確認し、半歩、後ろに下がった。


ドアを見つめる。

ここに住んだのは4年ほどだったか。

両親と共にいた記憶は乏しい。

それでも、えもいわれぬ感傷が湧き上がってくる。



次にこのドアを開くのは誰だ。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




しっとりとした朝の空気。

涼しげな中に、熱気がマーブル模様で混ざっているような不思議な風。


会社へと向かう会社員。
学校へと向かう生徒。

それらと逆行して歩く。

有沢高浩は。


墓地へと向かう。





色々あって、羽田空港から北海道行きの飛行機へ乗ったのは、午前10時。

翼を広げた大鳥が、空へと向かう階段を駆け上がる。


高浩の胸中に、安堵感が押し寄せた。


Railwayが炎上し、全ての謎が解かれた。
それで、落ち着いているほうがおかしいと思う。だろう。普通は。

だが、全てが分かった時、理解できた時、感じる安堵感は大きいものだ。

高浩が今感じているものもそれだ。



期待が高度を上げ、ベルトサインが消灯する。

携帯電話を開く。

気が付かなかったが、メールが届いていたので、内容を見てみた。



【学校に行けなくなるって聞いたよ。どういうこと? なっつに聞いたよ。
どうして? 急すぎるよ】


高浩はその画面を見ながら、どこか懺悔するような心境だった。

送信者は東京のクラスメイト。戸田茜。
彼女にはあまり言いたくなかった。
なんともなしに、悪いと思っていた。
両親が死んでから、男友達の神保篤典や、下条菜月。そして彼女は、
自分に対して、いつも世話を焼いてくれた。

ある切っ掛けで三人と仲良くなった時から、頻繁にメールを送ってくれる。

控えめで大人しい性格な割には、メールではよく喋るような感じで。

部屋に一人。
落ち込んでいた時にも、いつも孤立しないようにしてくれた。



そんな戸田茜に、返信を出すとすれば。

そうだな。空の上で、電波が通じないけど。



携帯電話のキーを、親指で押した。


【今までありがとう。さようなら】



行かなければならない。常葉町に行かなければならない。

高浩は目を閉じ、訪れる睡魔に身を委ねながら、
意識が深遠に消えていく前に、口の中だけで呟いた。


行かなければならない。


彼女を救わなければならない。


最後の瞬間まで。



――最後のその、瞬間まで――




まばゆさに薄目を開けると、飛行機の窓ガラスの向こうには、
いつのまにか雲海が広がっていた。


それはまるで、青い天界の道のように見えた。



<Way to the Blue 51> END
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