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灰色がかった古いアスファルトを焦がさんばかりに、ぎらぎらと
降り注ぐ太陽光線。殆ど垂直に突き刺さるそれがあまりに眩しく、
あまりに重い。

待ち合わせの時間まではあと10分しかない。駅からの道のりは
まさに灼熱地獄だが、取引先の担当が閻魔でない事を祈り、
俺は歩き続けなければならない。

鉛直線上と言っても過言ではない熱源は、冬の地平から見れば
天高く、そう、飛び抜けて高く見えるのに、なぜか涼しくはならない。
高ければ高いほど、遠ければ遠いほど暑いなんて、
太陽というものは物理法則に反しているのではないか。
自分にもしも神の力があったなら、
真っ先にあの燃え盛る太陽を、冷凍庫でキューブアイスの中に
閉じ込めてしまうのだが。

俺は、誰かが言った言葉を思い出していた。
夏は暑いから夏だ、と。

地面に落ちた水滴は、一分間も残りはしない。あっという間に
水蒸気となり、虚空へと消えていくのであるが、
理不尽なことにワイシャツの内側にはべったりと、身体の奥底から
滲みだした汗が染み込んでいる。それが頬をつたい、ぽたぽたと
地面へ落ちている。前述のとおり、アスファルトに染み込んだ
黒い点は、瞬く間にこの世から消え去っていく。儚い。
身体から生み出されたものも、こんなふうに消えてしまうのか。
多分、死んだ時もこんな風に消えてしまうのだろうな。
蒸発するように。

不愉快である。不愉快。ああ、そう。
何もかも、うんざりするぐらいに不愉快で、不快で、怨嗟の的である。

水が飲みたいほど乾いているわけではないが、そのうち失われた
水分を補充しなければならなくなるのは目に見えていた。1時間に
何リットルだろうか。コップ一杯か。いや、ビール一杯か。
まるで搾られる雑巾のようだ。いや、雑巾のほうがマシだ。
雑巾は炎天下の中、歩くことを迫られたりはしないのだから。

そうだ歩け。歩け。雑巾よりはマシになるために歩け。

歩け――。



風景に幕が下り、フィナーレを示すように館内が明るくなる。

主演俳優が舞台の袖から登場し、万雷の拍手を浴びて
二度三度とおじぎをした。さきほどより、一層大きくなる拍手。
応じるように次々と、木こり、ノーム、胸に剣を突き立てたままの
魔女なども舞台へと上がり、両手を振るのだ。

誰かが口笛を吹いた。観客は一斉に立ち上がる。
俺もつられるようにして立ち上がり、手が痛くなるぐらいに拍手を
繰り返した。

ショウは終わった。

それはふわりとした、夢の様な時間だった。



「あっ」

素っ頓狂な声。

重いまぶたを開いてみれば、出迎えたのはそんな声だった。
おそらく意味がある言葉ではなく、もちろん舞台俳優の感動の
スピーチなどではない。

舞台俳優……? 一体何のことだ……?

「おかーさーん。おにいちゃんが生き返ったー」

そんな声が、視界の外から聞こえてくる。
ひどい。ひどい頭痛がする。それに身体がどうもしっかり動かない。
情けない声を漏らしながら、ともかく頭の中に、わかることを
解るだけ詰め込もうと努力した。

「おにいちゃん? 私のことわかる?」

白が基調の学校の制服を着た、短い黒髪の小さな女の子が、
顔をのぞき込んできた。

「知能テスト。私は一体誰でしょう? はいおにいちゃん答えて」

右手を、まるでマイクでも掲げるようにして、俺の口元へ近づけて
くる。ぶつけるぐらい。というより、人差し指が当たった。痛い。

……痛い。

「なんちゃってー」

ニッコリと笑ったその子は、中腰の姿勢から、丸い椅子へと
腰を下ろした。小さくて華奢な体つきの子で、よく笑う。

痛かった。

唇が切れているのか。それとも口の中が切れているのか。
どこかが怪我をしているのは確かだが。

「一体、何が、あった・・・」

やっとそういう声を上げると、その子はちょっと身を乗り出して、
やたら大袈裟に、神妙そうな声色で答える。

「おにいちゃん、なんか道歩いててふらついて、そこに自転車が
来て突き飛ばされたんだって。私学校から急いで来たんだ!
そしたらね、おにいちゃんが病院のベッドで包帯だらけで寝てて、
ホントに死んじゃったんじゃないかと思ったの。よかったー。
元気で」

どうも自分では元気とは思えないのだが、その子にはそう見えて
いるらしい。
しかし、状況はかなり明確に理解できた。そういった事実があって、
こうして今寝ている。

見えている白い天井は、病院のものだったのか。
身体を色々と怪我しているのは間違いない。どこをどう怪我したのか、
どんな治療を施されたのかはわからないが、
一応命が助かった、そのことだけは間違いない。

幸運なのだろうか。

恐ろしい思いで、そう考えた。
果たして、生きていて良かったのだろうか・・・。

「今ね、お母さん、病院に入院するなんか書類とか書いてて、
バスタオル買うんだって。でもね、あんまカワイイのなかった。
あとね、そうだ、病院の寝間着って借りるんだって。今着てる奴。
お兄ちゃんのスーツはなんかボロボロだったんで捨てたって。
でね、ちょっとさ! 聞いてる!? 聞いてますかーボス!」

「ああ、聞いてる」

ため息を付きながら、俺はそう答えた。
ショートカットの華奢な少女は、ベッドに両手をついて・・・つまり
寝ている俺の上に両手をつくような感じで、身を乗り出してくる。

もちろん痛いので、俺は顔をしかめる。そんなことに一切こだわる
ことがない表情の少女が、今度は少し怒ったような表情になる。

「日射病! 学校でも倒れる人いるんだよ! 危ないよ! わかった?
おにいちゃん」

わかっている。
わかっていない。
どちらで答えようか、それを考えてしまう。

そうだな。

「おにいちゃん……? ほんとうにだいじょうぶ?」

心配そうなその子の表情を見て、俺はあえて……
というより、唯一無二の選択肢を選ぶことにした。
どうもそれ以外に選択肢は無いような気がするし、
そうしなければ。

この子を裏切るような気がして、より罪深い気分になる。


「最初の質問だった」

が、俺は一瞬言葉に詰まり。
再度言い直すときには、やはりというか、目を閉じていた。

「最初の質問だったが、わからない」

あまり、その子の顔を見ていたくなかった。

「俺は誰で、君が誰だったか、わからない」



(未完 作者門司談・・・なにこの、わかりやすい典型的記憶喪失)
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