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Way to the BLUE 1話

Way to the BLUE -Railway3-
※初めて読む方は0話からお読みください。



(1)

廃線になった線路を歩く。
旅行バッグから解放された小さな生き物は、高浩の足下に
まとわりつきながらちょこまかと走り回っていた。

エゾモモンガだ。高浩の友人であり、その生き物もまた、
今は亡き先代と同じ道を歩いている。知ってか知らずか。

『とーら』という名前がある。その子の祖母と同じ名前だという。

色濃く匂う野生の空気に興奮したように、走り回るペットを
高浩は放っておいた。どこかへ行ってしまうようなことは
恐らく無いだろう。走り回りたくなる気持ちは理解できる。

夕暮れが近い空は、夏だというのにあまりにも寒々しい。
風は海の青い匂いを纏いながら、しかし爽やかに吹いている。

土混じりの砂利を踏み歩いてゆくと、雑木林ばかりだった視界が
急に開けてきた。常葉町に着いたのだ。

駅舎のような木造の建物が見える。

『Railway』だ。

廃線となり使われなくなった駅舎を買い取り改装して、喫茶店に
したという話を、高浩は思い出した。

言われて見れば確かに。ホームなどはないが、線路脇に立つ
その姿は駅舎同然に見える。
店の背後はちょっとした防波堤のようであり、コンクリートの
急な斜面になっている。降りたなら、そこはもう砂浜だ。

海と線路。そして『Railway』。絵画のように美しい。

建物へと近づき、高浩はまた携帯電話を取り出した。
パチリ、と、その姿を覗き込んでシャッターを切る。

まるで観光客のように。

立ち止まった彼に、とーらはすぐ追いついた。そして彼を追い抜き、
『Railway』へと向かってゆく。脇目も振らずに。
まるで懐かしの我が家へ戻るかのように。

そんなはずはない。
だが、高浩もかすかにそう感じたことは否定できなかった。

まるで故郷へ帰ったような、優しさを感じる。その古ぼけた店の
姿を見て。


キィ……カラン……


ささくれだった古い木のドアを押し開けると、ドアベルが微かな
物音を立てた。元気のない鈴音だったが、ドアの情けない
軋みよりはマシのように聞こえる。

「いらっしゃいませ」

ド……

重い足音が室内に響く。真っ黒く色の付いた床板。
同じ色の木壁。テレビもない薄暗い店内。

女性の声が信じられなかった。

「いらっしゃいませ……あの、お客様? ですか?」

店内には、こちらに背を向けたままイスに座る女性がいた。
その問いかけも、遠く聞こえる。
振り返らない。

高浩は少なからず面食らいながら、声を発した。

「あの……お客ではなくて……」

言いかけたところで、足下を駆け抜ける茶色の生物。
とーらが、まるでネズミのような素早さでその女性の元へ
駆けていき、膝の上に飛びついた。

女性は小さく悲鳴を上げる。

「きゃっ! 何……」
「こら!! とーら! 何やってるんだ!!」

高浩がそう声をかけた瞬間、女性が振り返った。

「……え?」

声を上げたのはどちらだっただろう。

白いエプロンをつけた女性は、歳は30歳ぐらいか? 
透き通るように白い肌と栗褐色の長い髪を持つ、
非の打ち所がないほどの美人だった。

手に、破れて綿の出たぬいぐるみと、
裁縫でもしていたのか裁ちバサミを持っている。

とーらは彼女の肩にしがみついていた。やがて、
その手からぽとり、と、ぬいぐるみが落ちる。

「とーらちゃん……?」

違和感を覚えながらも、高浩は言葉を継げずにいた。
思い出していたから。

父親の遺言にあった人の名を。

「浩樹……くん? 浩樹くん……?」

彼女が繰り返し尋ねるが、高浩は応えられなかった。
さっと血の気が引いたような彼女の表情。それは
あまりにも悲壮的な、すがるような、慟哭のような……

「浩樹くんなの? ねぇ、私、夢を見てる? ううん、
夢でもいい。夢でもいいから……声を聴かせて」

「……」

『Railway』の店内に、静寂が訪れた。

それを振り払わなければならないこともわかっていた。
高浩は言葉を継げられずにいた。そのまま、彼女をただ、
見つめることしか出来ず立ちすくんでいた。

「き」

とーらが小さく鳴く。彼女も少し上を向いた。目は開かない。

ずっと目を閉じたまま。

わかってしまっていた。その女性はきっと目が見えないのだと。
彼はその彼女の仕草を見て、とうとう意を決した。

彼女は泣き出してしまうかもしれない。

「……あの、俺は、親父の……息子で」
「高浩くん?」

名前は言えなかった。殆ど即答するように、彼女は彼の名を
続けてきていた。

「高浩くん、なの? 有沢高浩くん……? 声そっくりだね。
そっか。高浩くんか。やっぱりそうなんだ」
「すみません。驚かせるようなことをしてしまって。声をすぐ
かけようと思ったんですけど、何となく言い出しづらくって」
「ううん。いいの。気にしなくて。ちょっと驚いたけど。もしかして
本当に浩樹くんが帰ってきたのかと思って。そんなはずないのに。
とーらちゃんって、同じ名前なんだもん」

肩にぶら下がるようにしがみついて離れないモモンガの背を、
優しく撫でていた。その女性……。

「ふたえ伯母さん。藤ノ木ふたえさん、ですよね?」
「おばさんはちょっとなぁ。でも仕方ないのかな。もうおばさん
だもんね」
「いやその、ふたえさん。すいません」
「ふふふ」

冗談ではなく、彼女がそうだとすればとても30過ぎには
見えない可愛らしさで、はにかむ様子は少女のように無邪気で
この古ぼけた店に居着いた幽霊のような……
失礼ながら、高浩はそんな風にさえ思った。
彼女は美しすぎる。場違いなほど。

「高浩くん。おかえりなさい。遠いところ、来てくれてありがとう」

すっ、と、彼女は自然にお辞儀をした。

「私は藤ノ木ふたえ。あなたのお母さんの、ひとえ姉さんの
妹です。お父さん……浩樹君とも幼なじみで、うん……」

自己紹介だろうか。
高浩がもちろん知っていることを、ふたえは肯定してくれた。

「き」
「そうだね。とーらちゃんのご先祖さまともお友達。で、この
喫茶店『Railway』のお店番をしている、おばさんなの。ふふ」

目を閉じたまま、ふたえがおどけたように微笑む。

「そんなことないと思います」
「……え?」

ふたえが不思議そうに問い返すが、高浩は逆に狼狽えて

「あ、だから、あの、つまり、若くて綺麗ですから」

ふたえはとーらを抱いて不思議そうにしている。
赤面しながら、高浩はふたえが盲目で本当に助かったと
思っていた。下らないことを言って、恥ずかしかった。

「(何を言ってんだ俺は……馬鹿か!)」

ふたえは、あははと声を出して笑っていた。嫌みなものではなく、
優しく穏やかに、本当に楽しそうに笑ってくれている。

「ありがとう。私は目が見えないけど、きっと君も浩樹くんに似て
男前なんでしょうね。SMAPで言ったら森君みたいな感じ?」
「あの……森君って」
「あ、うーん……えっと、ごめんね。見えなくなっちゃったの昔の
ことだから、よくわからないの。お茶を出すね。高浩くんは、
コーヒーの方がいい?」

ふたえはとーらを抱いたまま、店の厨房のほうへ向かおうとした。
が、向かいかけて振り返る。

「あ、いけない。みょこちゃんが」

見えないのだが、ふたえは下を見る仕草をした。

「……? みょこちゃん?」
「高浩くん、ごめんなさい。みょこちゃんはどこ? わたし、
びっくりして落としちゃった。かわいそう。汚れちゃった?」

言われてようやく高浩も、それが彼女の足下にあるウサギの
ぬいぐるみを指しているのだとわかった。

人参を持った可愛いウサギのぬいぐるみを、高浩は取り上げる。

「これですよね」
「はい。ありがとう。歩いてふんづけちゃったら大変だから、歩け
なくて。汚れてない?」
「ええ。大丈夫ですよ」

ぱぱっ、と、高浩は手早くぬいぐるみに付いた砂を払った。
ふたえに気づかれないように。

「……あの」
「はい?」

ぬいぐるみを手渡しながら。

「俺が何で来たか、わかりますよね」
「……」

高浩がそう問うと、ふたえはあからさまに表情を曇らせた。
わかっている。多分……。いや……。

高浩よりも、彼女はわかっているはずだった。

何故訪れたのか。
それを。

「お返しに来ました。二人を、ふたえさんのところへ」
「……っ!」

初めてふたえが、息を飲んだ。
出会って初めてひどく感情を表したのだった。

「鞄の中に、二人の遺骨が……あります。こちらに曾祖父が
入っているお墓があるということですから。これは遺言です」

震えている……。
高浩は、奥歯に嫌な痛みを感じた。

ふたえは震えながら、頷いた。

「……はい。本当に……面倒なこと、ごめんなさい」
「そんなことじゃなくて! ……面倒とか、そんなことは
全然なくて、ただ俺は、ふたえさんに理由を聞きたくて
ここまで来たんです! この『Railway』に!」

高浩はふたえの両肩を掴んでいた。

「俺は何もわからなくて、ただ一人残されてしまって、一体何が
あったのかもわからないままここまで来たんです! 父も母も、
勝手に死んでしまった! それがなぜか、子供には知る権利
ぐらいあるはずです!」
「……わたしは……」
「知っていますよね……?」

ふたえの言葉を遮ったわけではない。

圧力をかけたわけでもない。

高浩は、彼女にただ頷いて欲しかった。話せるならその後で話して
くれればいい。話せないなら、うつむいてくれればいい……。

「知っているんでしょう。ふたえさん。親父も母さんも亡くなったことを、
俺よりも早く知っていたんですから。二人から連絡を受けていたんだ。
なら理由も話したはずじゃないですか!」

辛い顔は見たくない。叔母にあたる人の、そんな表情は見たくない。
だから高浩は強く迫った。
どんなに悪く思われてもいい。口止めされているなら、自分のせいに
してくれて構わないから。

強要されて話すなら、その感情は憎しみで相殺できるはずだ。

だが、彼女は。

ふたえは、話さなかった。話すことを拒んだ。唇が微かに震えると、
彼女は気丈にも微笑んで見せた。

そして、違うことを答えた。

「……明日、お骨を入れに行きましょう。藤ノ木のお墓と、浩樹君の
おじいちゃんのお墓は隣同士なの」
「そんなことは!」

聞いていないと言いたかった。
だが、それはもう言いすぎだ。

ふたえの人柄を見た。

姉である……高浩の母である有沢ひとえは、むしろ容赦なく、
強さと凛々しさを兼ね備え皮肉で武装したような強い人だったが、
ふたえはむしろまるで正反対に見えた。

寛容で、優しい。陽に暖められた芝草のベッドのような、そういう
愛らしさだ。姉妹にしても違いすぎのように思う。

「いえ……ふたえさん……すみません……」

だからもう言えない。これ以上、無理を強いる気持ちが起きない。

高浩はふたえの華奢な肩から手を離した。小さくて、儚い。
とても倍以上も歳を取っているとは思えない彼女から。

「……お墓も隣同士なんだよ。いつまでも、ずっと、私たちが一緒に
いられるように」

そう呟いたふたえは、まるで泣いているように見えた。
閉じた瞼からは何も伺うことは出来なかったが。

「……あの……」
「……うんっ。じゃあ、コーヒーにしようか。浩樹くんも好きだったよ。
うちのブルーマウンテンブレンド。あと、そうだ。冷蔵庫の中に三葉堂の
レアチーズケーキが入ってるんだった。おやつには遅いけど、もうすぐ
みずほちゃんも帰ってくるからそうしたら先に-ー」

何か、押し淀んだ空気を誤魔化すように、ふたえは努めて明るい。
ぬいぐるみを手近なテーブルへ置いて、とーらをしがみつかせたまま
厨房へと向かう。

どん

ふたえがまっすぐぶつかってきた。
高浩が進路を邪魔したような形だが、軽くぶつかっただけで
何ということはない。よろめいたふたえの肩を、高浩は反射的に
支えていた。

「すいません。大丈夫ですか?」
「はい。わたしこそごめんなさいね。見えなくて」

高浩がふたえの肩を支えたまま、目の見えない彼女を
厨房へとエスコートしようとした。
そんなことをしなくても彼女の足取りはしっかりとしていたが。

……よろめいたのは、ただぶつかっただけか?

キィ……カランカラン

小さな疑問を感じたとき、店のドアベルが聞こえた。


(1) 終
(2) へ続く
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