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Way to the BLUE 2話

(2)


キーンコーンカーンコーン……


「……はい。では事故などに気をつけて、充実した夏休みを
過ごして下さい。以上です」

「起立、礼」

教師の挨拶は、終業のチャイムとほぼ同時だった。
時計に目をやると、3時15分。

「はぁ~……終わったぁ」

窓際の後ろに座る彼女は、へたっ、と机に突っ伏した。
一学期がようやく終わり、高校最初の夏休みが始まる。

乾いた空気。埃っぽい教室の体温。TVで流れる夏の模様より
確かな実感を伴う。『夏休み』という言葉の魔性の魅力。

終わった……。
始まる……。

物事はその繰り返しなわけなのだが、言葉で言うほど簡潔な、
そう、シンプルではない。
そこに至るまでに断崖のような障害が存在する。

それは人によって夏期合宿や塾や朝練昼練夕練テスト、
テストテスト試験テスト赤点居残り追試再試など姿を変え
まさに夢魔のように夢の中まで攻め込んでくるのだが
木桧みずほは概ね成績優秀と呼ぶには程遠い次元の
低レベルな、いや低脳なバトルをくぐり抜けてきた。

そういう猛者だ。出来れば返上したいが、
誰も受け取ってくれない。猛者。

「みずほちゃん。帰りましょ」

声をかけてきた相手を見上げるみずほ。
あまり机の高さと変わらない……、と、そこまで言うと大袈裟だが、
声をかけてきた背の低い子の名を呼ぶ。

「万里。ホントに長かったねー……この半年あまり」
「え? 何が? ……半年って?」

万里は――月方万里は、大きな目をぱちぱち瞬いてその言葉の
意味を探している。机に突っ伏した彼女のポニーテールを
見つめたままで。

思いついたまま尋ねる。

「三葉堂スペシャルセール?」
「違う。夏休みまでが」

はぁ? と疑問符を浮かべる。意味がわからない。

「夏休みの半年前って何かあったっけ?」
「冬休みがあったでしょ」
「……春休みもあったけど」
「そんなのは数の内に入らない」

除外される春休みの気持ちも考えたらどうだろう、と、万里は
ささやかなツッコミを入れた。胸中だけで。

教室は慌ただしくなり、帰路につく人、部活動へ行く人など
バラバラなグループが作られていく。
みずほは身体を起こして、頬杖を付いた。窓の方を眺めながら……
実際何を見ているのかよくわからず、万里も同じ方を見つめるが
三階建ての校舎の窓からは、ひなびた田舎の光景しか見えない。

「ついに夏休みねー。これが終わったら冬休み。そして夏休み」
「……(休みばっかり……)」
「毎日が夏休みだったらいいのに。300日ぐらい」
「そんなに休みで何をするの……?」
「寝るなー。ほとんど」
「(……クマより長いし)」

机に突っ伏しているポニーテールの少女、『木桧みずほ』と
その様子を呆れながら見下ろす『月方万里』は、仲のいい
クラスメートだった。

なりそめは大したことではない。特筆するほどのことでも
ない。
小学生の頃『Railway』で出会い、仲良くなった。
それだけだ。

出会いに数奇なものがあるとすれば、どちらの父親も
どちらの母親も、お互いに仲の良い元クラスメート同士だと
いうことぐらいだが、この常葉町という田舎町の基準で考えると
数奇でもなんでもない。

「夜更かしして朝寝て夕方起きて、それからご飯食べるって
なかなかいいもんなのよねー」

昼夜逆転の典型のようなことを言うのはみずほだ。
万里は実際にそういう生活をするところを見ているので
そこまで驚かないが、呆れはする。

「そんなに夜更かしして何してるの?」

みずほは鞄を肩に掛けて、立ち上がる。

「ゲームとか。私さぁ、楽しいこととか好きなことは一気に
全部やっちゃいたい性格っていうか、やっぱ楽しみは
食べられるときに食べ尽くさないとその気持ちは一瞬だけ
かもしれないわけだし、据え膳喰わぬはってやつ」

「違うと思うけど……」

「違わないの。グラスに注いだ冷たい水を置きっぱなしに
すれば、すぐにぬるくなっちゃうでしょ。おいしいものは
一気に食べる。寝るときはたくさん寝る。遊ぶときは遊ぶ。
それが一番いいの」

それは、と考える。身近な人の顔が浮かぶが、それとはまた
違うような似ているような。

「(……でも、そこに『おもいっきり勉強する』っていう道は
ないんだよね……みずほちゃんには)」

万里から見れば、あまりにも異様な生き方なためにそれを
理解することは出来ないが、もしかしたら万里自身の母親と
似たような感じなのかもしれない。

万里はとことことみずほの背中について廊下に出た。

「うちのお母さんは、すごく寝てるけど……」
「そうそう。それよ」
「でもお母さんの場合、24時間中21時間寝てる感じだし。
なんていうか、あれは病気だし」
「そこまではちょっとなー。中途半端だしいっそ24時間
寝ちゃうかな」
「お母さん干からびて死んじゃう」

ちょっと本気で想像できる。眠るように死ぬとはこのことか。
だがそれは、比喩でもなんでもない。

それはともかく。

廊下を歩きながら、
みずほは今後の予定を話し合うことに気づいたようだ。

「どーする? 帰りに三葉堂に寄ってくよね」
「うん」

予定と言っても、常葉町で最も美味しいケーキを売っている
洋菓子屋の『三葉堂』に立ち寄るか、本屋に立ち寄るか、
小物屋に立ち寄るか、Railwayに立ち寄るか、
それら全てに立ち寄った上でRailwayに立ち寄るかぐらいしか
選択肢がないのはわかってる。

「三葉堂の割引券でチーズケーキ3つ買って、Railwayで
食べるってコースで」
「うん」

やっぱりそういうコースだ。

さすがにみずほが三つ食べることはないだろうと思いつつ、
いや、一応買うときに釘は差しておこうと。

「(それって私とふたえさんの分もだよね?)」

黙っていると嫌な予感がする。万里はそんなことを考えつつ
みずほの背中をついてゆく。

「(あ……家に帰る前に煮干しとたくわん買って帰ろう)」

台所の様子を思い出しつつ、晩ご飯のことを考えていると、
その背中がいきなり近づいてきた。

どん

慌てて避けようとしたが、万里はみずほの背中に顔から
ぶつかった。元々鈍いとは言われるが、それはきっと遺伝だと
力説したい。

「みずほちゃん、急に立ち止まるからぁ」

非難するが、背が小さくて前の人越しに道が見えないのも
理由の一端ではある。それも腹が立つが。

前を見る。
もちろんみずほの背中の脇から追い抜くような形で。
すると正面に人がいた。

「木桧みずほ! 月方万里! これから部室に顔を出す
つもり!? 素晴らしい心がけね!」

万里は顔を出したことを瞬時に後悔した。

「私と共に超科学への道を突き進む、その助手達として
どうやら自覚が出てきたって事ね。フフフアハハハ
さあ一緒に行くのよ超科学の未来へ」

狂気。

万里の指先から首筋までを、ピリピリ痛いような寒気が
走った。会いたくはなかった。こんな時にこの人に。

「万里、逃げるよ!!」
「うわ、あわぁあぁあっ!」

みずほがきびすを返し、万里の左手を掴み一目散に
走り出すが、万里は制服の襟を掴まれた。首が締まる。

「ぐぇっ……」

その相手は上級生だった。だからというわけではないが、
やたらと力が強い。握力が50キロあるらしい。
細身の身体のどこにそんな力があるのか、さっぱり
わからないが。

河井智恋。

この奇人の名前はそれだ。

「逃がしはしないわよ。月方万里。軍団員ナンバー2!
そしてナンバー1副部長、木桧みずほ!」
「ぐぇえぇ……」

制服の襟でぎりぎりと締まる首。

そういえば、と、万里は思い返していた。辺りに乱れ咲く
名も無き花たち。楽園のようなその草原にいた。
ここは暖かい。つまらない争いや、飢えや苦しみはない。
お母さんの病気もない。掃除も洗濯もしなくていいんだ。

「あはは、綺麗な世界……この世のものとは思えないぐらい」
「この世じゃねーよ!!」

どこかから聞こえた声。
訝しく見やると、世界は急変してゆく。あの暖かい花畑は
消え去り、冷たい学校の床へと……。

「……みずほちゃん。私、すごく綺麗な川のほとりで
おじいちゃんとおばあちゃんが優しく笑ってて、それで……」
「万里。しっかりして。そこはなるべく行っちゃダメ」

うっすらと目を開けると、非常な現実が目前にあった。
それだけでもう一度あの安らかな世界へ行きたくなる。

河井智恋。
彼女は執拗に、みずほと万里を部活へ勧誘しようとしていた。

その部活というのも、万里は家事をしなければいけないから
誘いを受けてもなるべくやんわりと断ってきたのだが、
河井智恋の部活動は断る以前の問題だった。

「二人とも、夏休みの合宿プランを立てる重要な会議に欠席
するつもりだったでしょう。一体どういう事なの」

静かな口調で問いかけてくる彼女に対し、かなり強い口調で
みずほが反論した。

「大体そもそも私たち、河井先輩の部活に入ってないじゃ
ないですか! それを無理矢理引っ張って万里の首を絞めて
絞殺するとかひどすぎますよ!」
「みずほちゃん……私死んでないよー」

万里の方には全く見向きもせず、智恋に詰め寄る。

「部活の話だったらきっぱり断ったはずです! えーと、
なんでしたっけよくわからない名前の」
「超科学部よ!! その重要なキーワードを決して忘れ
ないで!!」
「忘れますけども、そのなんちゃらには入部しません! 決して!
未来栄光に!」
「……永劫?」

むくっと起きあがった万里がツッコミを入れても、みずほは
決して訂正しない。

ハッキリ『入部しない』と言われたにもかかわらず、河井智恋は
腕を組んで、ニヤリと笑う。

笑顔を見せる余裕は何なのか。

「それはね、超科学を目の当たりにしていないために心の中に
僅かな猜疑があるからよ」
「そんなものはない」

みずほは真顔で即答した。
万里はそれでもちゃんと尋ねる。

「そもそも超科学って、なに?」
「超科学とは、科学を超越した科学よ。物理法則、理論を
超越した科学なのよ」

智恋の説明を聞いても、万里にはまるで見当も付かない。

「具体的に言うと、目覚まし時計をセットして寝ると、なぜか
目覚まし時計が鳴る瞬間に起きるとか」
「……」

頭痛がしてきた。

万里もみずほも、得意げに話す智恋を無視し歩き出し
ていた。

「超科学だけがそれを解明できるの。私はそれを証明する
ために、ボタンを押しても止まらない目覚まし時計と、
逆にボタンを押すと鳴り出す時計、一切鳴らない時計を
用意して寝るという実験をした」

「その結果、ボタンを押しても止まらない時計は壁に投げて止め、
ボタンを押すと鳴り出す時計は寝てるときに寝返りをうって誤って
押してしまいすごい音量で鳴り出して近所から苦情が来た。
三つ目、一切鳴らない時計を使った場合には、1時間
寝坊して学校に遅刻した。この調査結果を踏まえ、科学的
分析を試みると、やっぱり二度寝はよく眠れるという――」

「万里、帰ろうか」
「そうだね。帰りましょ」

朗々と、どうでもいいことを話す智恋を放って、二人は帰路に
ついた。


(2)終
(3)へ続く
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