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Way to the BLUE 6話

(6)


吉野という男は、語った。

誰もが生き、誰もが死ぬ。六道の一つを終え、旅立つのだ。

吉野という男は、そう言って骨壺に数珠をかざした。
念仏を唱える声が、爽やかな夏風に流れていく。どこまでも遠く。
どこかへと、還る。



「吉野洸清だ。よろしくぅ!」
「は……初めまして」

住職はすぐに出てきた。紫の法衣を着、黄土色の袈裟をかけて
現れたのだ。短く髪の毛を刈り込んだ40歳ぐらいの僧侶だが
日焼けして黒い肌と、筋肉質の身体は僧侶に見えない。
しかも不良のような剃り込みまで入れている。

指を二本立てて、ピッとロックシンガーのように格好を付けた。

住職は高浩から骨壺を受け取ると、有沢家の
墓石の前へと歩いた。

そして、語った。

「生ある人が成すことは、罪深きことでもあるが仏はそれを
許してくれる。他の動物のように喰われず、殺生をして
生きてゆく罪深き人間をな。だからその代わりに亡くなったときには、
耐え難いような深い悲しみを感じるんだ。憐憫だな。そして死を
畏れるようになった。我々が故人を悼むのは、当然のことなのさ」

じゃりっ

数珠が高らかに音を立てる。有沢家の墓石は清められ、
二つの骨壺が揃えられた。

住職は墓石の前で、語る。

力強く、大きな声で。

「故人を悼み、そして生きてゆく。お前ら残った人間が
死んだ奴のことを忘れなければ、故人は迷わずに転生できるって
ことさ。
なぁ、ふたえ嬢ちゃん」
「はい」

名を呼ばれて、ふたえが返事をする。
吉野住職はどこかの不良のように、首をコキコキ鳴らした。
本当に住職に見えない。

「嬢ちゃんは子供の頃から仲の良かった二人を亡くしてしまった。
高浩。君は両親という存在を亡くしてしまった。
しかし、悲しみの中にもこうして出会いが生まれた。これは
二人がこれから協力して生きてゆけという仏の声に聞こえるね。
オレにはな。そうだろ?」

ふたえは、小さく『はい』と応えた。
高浩はうつむく。そして、問いかけた。

「父や母は、決して幸せな人生ではなかったと思います」
「どうしてそう思う? 言ってみな」

腕を組み、住職はアゴを上げた。それが聞く姿勢らしい。

ふたえが顔を上げる。絵里菜も、月方も。高浩を見た。

「父は家庭に殆ど戻らず、母はその事にとても不満を持って
いるようでした。僕……俺は、いつだってそんな母を見ていた」

床に酒瓶を転がして倒れている母を学校から帰ったときに
見つけたこともあった。

酒を飲む人じゃなかった。不満があったら、直接相手に言うのが
母の美点でもあった。それなのに、それを言うことも出来ずに
倒れるまで酒を飲んでしまった。すぐに救急車で運ばれ、
それから母はひどく落ち込んでしまったように伏せった。

「俺はいい父親の姿を見ていないから。むしろ母が、父に
こだわって生きることをやめてほしいと思っていた」
「それは直接言ったの?」
「直接言った」
「そう……」

ふたえが尋ねてきて、率直にそうだと肯定した。
ふたえはその瞬間、ひどく……とても、傷ついたような
表情を見せた。

何か、言い例えるなら……

「……そう……なの……言ってしまったの……ね」

合格者発表で、自分の番号を見つけられなかった子のような。
絶望に打ちのめされて色を失う。モノクロームの写真のように。

ふたえの表情を見て、その真意を測りかねてしまった。
それでも高浩は、今更言い繕うことはしなかった。

「母さんと父親の喧嘩は絶えなかった。ほとんど四六時中と
言ってもよかったぐらいで、見ていてあまりにも辛かった。
なぜ二人が結婚したのかってことさえ、俺には理解できない。
こうして……」

有沢家の墓石を見つめる。

「同じ墓に葬られることだって、本意ではないかもしれないのに」
「それは違う。違うんだよ。高浩君」
「何が違うんだよ。ふたえさん」
「ひとえ姉さんは浩樹君のことを、ずっと好きでいたから……」
「そんなの、もう何年前の話なんだ。気持ちが冷めたんだ」
「違うの……」

首を振り、呟く。
ふたえは泣き出していた。月方が、ふたえの肩に手を掛けて
慰める。絵里菜も、心配そうに見上げていた。

「いけねぇなぁ。感情的に物事考えちゃあよ。それじゃガキの
わがままだぜ?」

住職が小さく笑みを浮かべながら言った。
その言葉に高浩は、激しく心を乱し吐き捨てる。

「感情的になっているのは誰だよ。ずっと家庭を見てきた俺は
どうでもよくて、こんな田舎に引きこもっていただけの
ふたえさんが、どれだけ正しいって言うんだよ!!
母さんが死んだのは、誰のせいでもない。勝手に生きて
勝手に死んだ父親に失望したせいじゃないか!」
「違う!」

高い声。出会ってから初めて聴いた、ふたえの怒声。
泣きながら否定した、その声に。

高浩は背を向けて走り出した。

「どこへ行くんだ!」

月方が叫ぶが、高浩は墓地の出口へ走ってゆく。
泣きたくなるのをぐっと堪えて、叫びたい感情も押し殺して。

走って、走って、殆ど回りも見ずに。息が上がるまで全力で
走った。
誰かに追いかけられそうな気持ちがあった。それを振り切るように。






墓地には、嗚咽の声だけが残された。

ふたえがすすり泣く声が。月方の慰めの言葉が。

「どうしよう……どうしよう……月方君……絵里ちゃん……」

ふたえはぽろぽろと涙をこぼして、ついにはしゃがみ込んでしまう。
その泣き崩れようは、ただ一つのことが原因ではない。

たくさんのことが、ふたえに折り重なって積もっていた。
姉の死去、友人の死去、高浩の苦悩、そして衝突。

住職は、少し残念そうに呟いた。

「気持ちの行き違いはどこにでもあるさ。小さなガキにも、
立派な大人にもな。まぁ違うのは、大人には自分を律する術があり、
子供にはこれから間違いに気づくだけのながぁ~い時間が
あるっつーことだよ。大人はその時間が子供に比べ少ないから、
子供の間違いを許せないのさ。オレは死者を弔う以外に能がないんで
他人の家庭環境にまで口出ししねぇが、ま、自分で気づくまで
放っておくことをオススメするがね。オレはね。じゃ、
供養はちゃんとするんだぜお前ら。しないと呪われちまうぜ!
じゃーなーよろしくぅ」

指を二本立てて、住職は家の方へと帰っていった。

子供の気持ちは成長によって整理されるものだと。
そんな言葉を残して。

ふたえはそんなに大人だろうか?
月方は思った。子供の頃から、泣いてばかりいたふたえは
大人になってもそんなに強くなれたように見えない。

強くもあり、優しくもあったひとえは、彼の言うとおりならば
気を病んでしまったという。

絵理奈は、昔に比べ病状は悪化した。まだ少し歩けるだけ
マシではある。だが、やはり完治はしそうにない。

自分は……?

……


家を再び訪れ住職に礼を言い、月方達は納骨を終えた。


「高浩君が辛かったのに、私なんでわかってあげられ
なかったんだろう……私……なんでっ……」

ふたえのそんな慟哭に、嘆息する……。
月方は高浩が去っていった方を見て、もう一度。

「しょうがない。放っておくしかできない。彼のことは。
もうお別れは済んだし、帰ろう」

墓地を背に、絵里菜の車椅子をくるっと方向転換させた。
ふたえを促すと、無言で頷く。気が動転しているためか、
方向感覚がおかしくなっているようで、よろけたりしていた。

「高浩君が自分で解決するしかない。彼が誤解していることを
彼自身が理解するしかないんだ」
「高浩くんが誤解してることってなに?」

絵理菜が尋ねても、月方は何も言わなかった。黙って車椅子を
押すだけだ。

「(……いっつもそうだよ。こーちゃんは昔から、大事な
ことは言わないんだ。いつも黙って、なんかしようと
するんだ。そんなのつまんないのに)」

ねぇ、と、胸元にもぐりこんでもぞもぞしているとーらに
絵理菜は同意を求めていた。もちろん返事はなかったが。







「はぁ……はぁ……!」

全力で走り、いつしか高浩は坂道を上っていた。
舗装路ではなく、わずかに土が見えるだけの細い獣道である。

「なんだここ……どこだ。なんか、調子に乗って知らない山道に
入っちゃったな」

周りを見れば、うっそうと茂る森の中である。道に迷ったわけでは
ないが、戻れるかどうか不安にはなる。

強い木の匂いが溜まっているような場所だ。熱よりも湿っぽさが
鼻につく。

「……まずいことになったな。そもそも、この山道はなんだ。
どこに続いてるんだ?」

引き返せばいいのだろうが、何となく今、引き返してふたえ達と
鉢合わせしてしまうのは心地悪い。

高浩はふわふわと軟らかい雑草の道を、歩き出した。

「……すごい森だな……」

虫の声が響き渡り、鳥も鳴いている。寂しい場所ではないが、
全く人の気配を感じない。

……

「……」

一瞬、何かに気づく。何というわけではない。ただ、なんとなく
振り返ったりした。もしかしたら獣でもいるのかもしれない。

そういうものがいても不思議ではない。

「……まさか北海道だからって、熊とか出るんじゃないだろうな?」

小声で呟く。北海道には熊がいるとよく聞くが、そんなものが
身近な場所に出るなんて状況は経験したことがない。当たり前だが。

熊に遭遇したら死んだふりをしろと言われるが、この前TVでそれは
迷信だということをやっていた。

もしも遭遇してしまったら、後ずさりして逃げるのがいいらしい。

「いや、待てよ。そもそもそんなのと遭遇しちゃダメなんだって」

……独り言。

身震いした。独り言を呟くのは、恐怖を紛らわせようとしているから
じゃないのか。恐怖を感じるということは、『そういう状況』だと
いうことじゃないのか?

高浩は考えが堂々巡りしていくような気がした。
そして今、自分が歩いている道も同じように、一向に出口へと
向かっていないのではないか。

事実、来た方向へは戻っていないし……。

「……何かいる」

かすかな物音が聞こえた。絶対に何かがいる。
こんな山奥に何かがいるのだから、それはまともなものではない。

もし熊だったら死ぬのか?
熊と向き合いながら後ずさりして逃げろというが、その相手が
見えないのなら一体どうすればいいのか?

解決するのか? 考えて。

解決ってのは、死か?

「いや、だから、逃げないと」

  ガサ

……草を踏み分ける音。

茂みが揺れる音。

やはり何かがいる。獰猛な獣が、こちらを見据えて飛びかかる隙を
狙っている。

あわただしく、高浩は辺りを見回した。誰もいない。
何も見えない。

森は森だ。木と草と、それ以外の物は何も見えない。
武器もない。空の両手で、一体何をしろというのか……。

「こんなことなら、ふたえさんとケンカしたりするんじゃなかった」

後悔は何の意味もなさない。いや、意味を成すこともある。
それは未来における行動の指標となる。

ただ、死に至る後悔の場合、せいぜい幽霊になって
悔やむ程度の意味しかない。それは、きっと意味がない。

人は死んだら意味がない。人は死んでも、多少の遺産と感傷しか
残さない。場合によってはそのどちらかしか残さない。

残したとしても、死んだ本人には意味がない……。

その当人になってみなければわからないとしても。

  ガサッ

さらに近い、草を分ける音。
もう目の前に何かが迫っているはずだ。しかし相手の姿は全く
見えない。

「……なんだよ! くそっ、俺はこんな目にあうためにここに
来たわけじゃないのに!」

  ガサガサ!

道の上、先の方の茂みが揺れた。一気に冷や汗が吹き出して、
高浩は足をすくませる。

何か赤いものが飛び出してきた。

「ああああああああああああああああああああっ!!」

後ろに尻餅をつくように倒れて、手をつく。どうしようもない
状況なら、せめて足でも喰わせて逃げるしかない。

食いちぎられて、血を流しながら獣から逃げることができるか。

きっとその前に意識を失って、永遠に目覚めないか。
せめて楽な死に方が良い。

……

だが。

「……?」

期待していたような死は訪れなかった。
もちろん期待していない痛みも訪れない。

泣きそうになりながら顔を緊張でこわばらせた高浩に襲いかかって
きたのは、声である。

「こんなところに……。危ないな。立入禁止の看板が見えなかった
のか? ……君……ちょっと、どうかしたのか?」

言葉……。

高浩が目を開くと、見えたのは、自分を覗き込むように見ている
赤い服の女の子だった。

「どうした。驚かせてしまったか? すまない。だが、危険だった」
「……あの、いや……」

女の子。
別に夢でも何でもないらしい。目の前にいる女の子は、存分に
リアルな実態を持っている。

「……誰?」
「そんなものはこっちが聞きたい。うちの山に入って、何が
欲しかったんだ?」
「……うちの山?」

白い手が差し出された。

尻餅をついたままの高浩がその手をしっかりと握りしめると、力強く
引き起こされた。

少し冷静さを取り戻して、彼女のことを見やる。
女の子は何か宗教的な儀礼で使うような、赤い法衣を着ていた。
そして輪袈裟……。僧侶か?

背は高く、とても長い黒髪を背中の方でまとめている。とんでもない
美人だ。落ち着いた雰囲気だが、歳は相当に若いと思う。高浩とも
そんなに離れていないと思った。

ホッとする。
人に出会えたのもそうだが、彼女自身の雰囲気に。

「うちの山って、ここ、私有地?」
「そういうことだな」
「それは……すみません」
「いやいや」

彼女は手に持っている白木の杖で、トントンと地面を叩いた。

「別にそんなことはいいんだ。ただ、ここは危ない。うちの家の者
以外が入ると」
「熊とかがいるから?」
「いや、そういうのではない。熊もいるが」

いるのか! と、高浩は再び悪寒を覚えたが。彼女は杖を再び、
トントンと突いた。自然と高浩も、そちらへと視線を移す。

地面。

よく見ると、その地面は何かおかしい。
他の場所には青々とした草が生え茂っているのだが、そこにだけ草が
生えていない。枯れ草がまるで後から撒かれたように、覆い被さって
いる。

「これは罠だ」

ぶっきらぼうに言い放つ彼女の言葉をそのまま返す。

「……罠?」
「そうだな。言ったままの意味で、罠だ。獣を捕るための罠だ」

彼女は、その整った美貌をかすかに微笑ませた。何か、その態度は
得意げにも映った。すらりとした身体を縮ませて、手で枯れ草を
ぱらぱらと払う。

すると、竹のゴザのようなものが敷かれているのがわかった。

「落とし穴?」
「そうだ。落とし穴だ」

直径は1メートルほどか。彼女がそのゴザをめくると、落とし穴の
全容が見えた。

ただの落とし穴じゃなかった。

「やぐらに組んだ竹を立ててある。この上に鹿などが落ちても
死にはしないが、腹がつかえてはい上がれない」
「危ないな。一体誰がこんなものを」
「私だ」

素っ気なく言われ、高浩はめまいを覚えた。

「なんでこんなものを! 危ないだろ」
「だから危ないと書いてあったし、事後だがこうして忠告もした。
勝手に入ったのは君の方だし、私にはそんなに大きな落ち度が
あったとは思えないんだが……」

より一層めまいが強くなった気がした。

ただ、彼女も少しだけ困ったように、というか、しゅん、と
気落ちしたように小さく言う。

「ただ、私はちょっと危機感がないとか、考え方が人と
ズレていると友人に指摘されることがある。
それを考えると、無自覚のうちに君をここに招き入れる原因を
作った可能性はある。そうであれば申し訳ない」

彼女は大まじめだった。
最初本気でふざけてるのかと思ったが。

「いや……それはこっちに非があるんだけども」
「そうなのか。じゃあ謝らない」

表情を真顔に戻し、きっぱりと言った。
やっぱりふざけているのかもしれない。

「……そもそも、罠を仕掛けるのはなぜかと聞いてるんだけど」
「罠を仕掛ける理由? それは、食料を手に入れるためだ。
普通そういうものじゃないか?」
「いや、その格好を見ているとお寺の人みたいだから、そういう
人は、そういうことはしないのかと思って」
「なるほど。何が問題なのか解らなかったが要するに、殺生は
いけないという話か?」
「ああ、まぁ、そう思うんだが」
「人は殺生をし、罪を重ねながら生きてゆく。そういう人間は
畜生道に落ちる。というのが一般的な見解だろうが、それは
平等性において矛盾する。人は皆、罪人であり、人は皆、
畜生道に落ちる。それが六道だ。ちょっといいか。上にもう一つ
罠がある。ここから50メートルぐらいだ。そちらを見てから
下山するのが毎日のスケジュールなんだ。せっかくだから、
ついてきてくれるか? 立ち話もなんだろう」

杖で、山道の先の方を指し示した。彼女に尋ねる。

「上の方に休むところでもあるのか? こんな山の中に?」
「いや、立ち話も何だから……歩き話はどうかと思って」

なんだそりゃ。

「すまない。私はどうも、少し話し下手なのかもしれない」
「そんなことはないと思うけどな。そういうのとは別の次元のよーな
気がするし」
「友人と話していると、沈黙が辛いときがある。私のせいかもしれない。
父に似てしまったせいだと言われたが、私にはどうしようもない。
父に文句を言ってみたが、真似をするのは自分に自信がないからだと
言われた。腹が立ったので、食事に家にある唐辛子を全部入れて
やったら、泣いて謝っていた。復讐の虚しさを感じずにいられない」

それもどうなんだろう。

疑問に思いながら、高浩は山道を彼女と上がってゆくことにした。
どうせ戻りづらいと思っていた所だ。

「有沢高浩。名前は?」

彼女は歩きながら、今度は確かに微笑んだ。

「高浩と呼ばせて貰う。私は千歳。吉野千歳だ」
「良い名前だな。千歳さんか。吉野……」

吉野?
高浩は、再びめまいを感じた。

「高浩? どうかしたか?」
「いや……君のお父さんって、もしかして坊主だけど筋骨隆々で
真っ黒に日焼けしてて剃り込みとか入ってて『よろしくぅ』とか言う?」
「なんとなく父の特徴に似ているな」

それが、吉野千歳との出会いだった。

陽は高く登り、真昼を告げようとする。




(6)終
(7)へ続く
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