携帯ホームページ

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

Way to the BLUE 8話

(8)


「というわけで、問題はあの脳天ジャックナイフ級スケベを
いかにして辱めるかということなわけよ。針。やっぱ針よね」


静かなRailwayの店内に、そんな言葉が響いた。言葉は
めぐりめぐって、別にどうでもいいことだが彼女の耳にも
入ってきた。

「身の毛もよだつ……いや、涙で頬を濡らすような究極最高の
もてなしをしてやるのよ。そうだ。浜辺に打ち上げられてる
死因のよく分かんない魚のお刺身とか」

それでふと、脳裏によぎる言葉がある。

かつて三国志で有名な劉備玄徳が、もてなされた猟師の家で
その家主の妻の肉を振る舞われるという話。
肉を献上したかったが、貧しくそれができなかったその家主は
やむなく妻を殺し、その肉を献上した。翌日妻の死体を
見つけた劉備が問いただし説明を求めると、家主は劉備を
もてなしたい一心で、そんな非道をしてしまったと告白する。
劉備はその思いに心打たれ涙を流した……。


万里は、その話を聞いて、感動するどころか日中の文化の違いを
痛感せずにいられなかったのだが、そういうことはさておいて、
彼女はその劉備へのもてなしと同じことを画策しているのではないか
という、淡い期待……期待である。

みずほは、なおも熱っぽい表情でまくし立てた。

「まさか五体満足で帰れるとは思ってないだろうし、来る以上は遺書を
したためて来いって警告しておかなきゃ。毒……毒はどうかな。問題は
手に入らないことなんだけど。そうだ、じゃあケーキにウニを仕込んで
食べたらざくぅってのはどうかな。大盛り上がり」

いつも思うのだが、みずほがこういうどうでもいいことに対する情熱を
違うことに向けたとしたら、誰も太刀打ちできないんじゃないかと。

万里は、カラカラとレモンスカッシュをかき混ぜた。赤白の、なんか
万国博覧会ちっくなストローで。炭酸の粒がしゅわっと舞い上がる。
冷えた透明なグラスには水滴がはびこり、『熊出没注意』のコースター
へと染み込んでゆく。

外は青空。気温は上がってきている。Railwayの店内はそれでも
涼やかで全く不快感はない。
テーブルに使われている古い木の落ち着いた色味が、目に優しい。

「そっか! ジュースに殺虫剤って手もあるわ! でも臭いで感づか
れるかもしれないから、ここはもっと直接的に……そうだ。口を無理矢理
開けさせて殺虫剤を流し込むの! 手っとり早い!」

真昼の喫茶店。
海を見ていた。まっさらで、ただ揺れるだけの青い海。
波すら立たないほど穏やかな海。どこまでも遠く、広がる大洋……。

ふたえは先ほど帰ってきて店を開けた後、すぐに今日の歓迎会の
準備を始めた。買ってくればいいと思ったのだが、ふたえは自分で
焼くことにこだわっていた。頑固なほどに。

台所からは、ふたえがケーキを焼く良い香りが漂ってくる。

ああ、なんという停滞。これは停滞だ。無為で、尊い停滞。
幸せな瞬間は長く続くのだ。ただ、海を見続けるだけでいい……。

「お店に現れたところで後ろからバットで殴っても良いわね。
そのほうが手っとり早いし。今ふたえさんが焼いてるケーキも
私たちで独り占めできるし。私は誘導するから万里が後ろから
ガツンとやっちゃってよ。あのサイクロン級スケベを」

雑音が聞こえる。ノイズは潮騒と混ざりあって消えてゆく。
泡沫のように。

「ねぇ。万里。ちょっと聞いてるの!?」
「聞いてるよー」

万里は答えた。窓から目は逸らさない。頬杖をついて、ただ
そう答えた。

世界は停滞している。見つめ続ければ、ずっとそこに有り
続ける。そう信じて疑わない。

「どれが良いと思う? 有沢高浩・大・殺・・・歓迎会案」
「どれもいいよねー」

ストローをくわえて、ちゅーっとレスカを吸い上げる。ジュースが
染み渡る清涼感。頭痛に似た快感。夏の醍醐味だ。

「そうなのよね。どれもそれなりに悪くないの。いっそこのうち全部を
やったらどうかと思うんだけど」
「やったらいいんじゃないのかなー」

ふぁぁっと万里は欠伸をした。昨日は遅くまで本を読んでしまったから
眠くて仕方がない。

ましてやこの陽気だ。怠けようとは思わないが、何をするにも気乗り
しない状況ではある。父親と母親が外食をしてくると言っていたのに
今さら救われた気がした。母親の昼食を作らなくていい。

「そういえばあのスケベはどこへ行ったんだか。ふたえさんだけ帰して
歓迎会の準備させるなんて、どうせどっかで女に声かけてるに
決まってる。生粋のロクデナシだわ」
「昨日来ていきなり誰かと仲良くなったりとか、そんな軽薄そうな
人には全然見えなかったけど」

万里は眠い目をこすりながら、むずむずと断続的に続く倦怠感を
押し殺している。

「それがあいつの狙いなの。私もここで押し倒されたんだから。
危ないところだったの」

そんなことが本当にあったら、もっと早い段階で何かしてただろうに
やっぱりみずほの勘違いか何かじゃないだろうか。
それならいつものことで、何も驚かない。

「万里も気をつけなさいよ。気を抜いたらすぐ飛びかかってくるから」
「そうだねー気をつけるよー」

上の空でそう答えつつ、万里は時計を見た。正午を回り、時計は
重そうな長針を一生懸命水平にしている。

「……?」

窓の外を眺めていると。
万里は、遠くに人影を見た。






家出をしたようなものだ。

「本当に、情けないというか……俺はそんな意気地なしかな」

高浩は小石を蹴りながら、町外れ。海の方へ向かって道路を
歩いていた。

Railwayからは近いのだが。

戻ろうとは思わなかった。ただ、てくてくと道を歩き、あてもなく
散歩しているようなものだ。

線路が見えてくる。

Railwayは、昔は常葉駅。終点だったらしい。
そこから先に道はない。というが、実際にはあった。

線路が残されている。

ずっと伸びて……100メートルほどであろうか。
先には大きなガレージ……倉庫があった。

線路はその倉庫の中にまで入っている。

「……なんだあれ? 線路が中に入っているって事は、あそこは
車両格納庫? 廃線になったのに、あんなものは残っているのか」

その車両格納庫と思われるものの横には、それもまた大きな
木造の民家があった。

しかし。

「ひどく朽ち果てている。人が住んでいる感じじゃない」

高浩が言うとおり、その建物は誰かの住居になっているとは考え
にくかった。外壁は浜風に晒されボロボロになり、窓には板が
打ちつけられている。近寄って見てみたが、中に入れそうな
感じではない。

「ひどいな……」

玄関であろう場所も草だらけだ。
高浩はなぜかその建物に、強く引き付けられた。何かそれは
自分の中で、懐かしさのような感覚を呼び起こす雰囲気を
持っていた。

表札。

「坂井って書いてあるな……坂井……」

木の表札に彫られた文字を下まで、読もうとする。文字は
彫られ墨で色づけされていたのだろうが、その墨が落ちて
文字のくぼみしか見ることが出来ない。

それでも苦心して読むと、ようやくそれがわかった。

「坂井藤次郎……坂井キヌ……坂井藤次郎? って、確か
……確か……」

思いだそうとする。
迷う必要もなかった。すぐに思い当たる。

父親が昔、話していた事の中にそれはあった。
坂井藤次郎は曾祖父の名前だ。

「ひいじいちゃんの……家か……。こんなにボロボロになって。
そういえばだいぶ前に、ひいばあちゃんも亡くなったって聞いたな。
家はこんな風になっても、残り続けるのか……」

この常葉町の町長だったという。父は曾祖父の話をよくしていた。

国鉄の鉄道員だった曾祖父は、面倒見が良く皆に慕われて
いたという。曾祖父は国鉄時代、蒸気機関車の時代が終わり
ディーゼル車へと切り替わるとき、役目が終わり廃棄される
C62-23という蒸気機関車を廃車にしながら解体せず
引き取ったという話をしていた。

そしてその蒸気機関車を、こっそり走らせたことがある、と。

高浩は思い出しながら、歩いた。少し笑う。きっと大事になった
であろうその話を。

「その話のオチは、ちょっと走ったところでいきなり横転転覆して
蒸気機関車も大破。警察に連れて行かれ、危うく逮捕される
ところだったと。15針縫う怪我をしたって言ってた」

歩いて、立ち止まる。線路が引き込まれている巨大な倉庫の
前で。高浩は、同じく巨大な鉄扉の横にある入り口を見つけた。

そこは普通の、スチールのドアである。
近づき、ドアノブを回す……回った。
鍵はかかっていなかった。


「……う……わ」


声が漏れた。意識せずに、自然と。

倉庫の中は意外に明るかった。天窓がある。天上付近の壁にも
窓があった。

高浩の目の前にはC62型蒸気機関車が、静かに佇んでいた。
とてつもなく大きく、重たそうな鉄の物体である。

C62は、戦後の高度成長期に日本の車両輸送を支えた
蒸気機関車であり、日本では最大のものである。

そして最後まで走り続けた。最後の蒸気機関車でもある。

黒の図体には錆が浮き、そして一目で分かるほど壊れていた。
車輪のいくつかが無く、側面はグシャグシャに壊れて胴体に
大きな亀裂が見えた。

「同じだ……聞いていた話と。ここには本当に機関車があった」

父親は、まるでトム・ソーヤの冒険のように上手い話を作ったと
思っていた。一人でこっそり機関車を動かしたなんて、無茶苦茶も
いいところだ。できるはずがない。

だが、現に。

ここにその証拠があった。

走ったかどうかは解らないが、少なくともそれは存在した。
坂井藤次郎……曾祖父が隠した『財宝』。

最後の蒸気機関車。

「『シロクニ』……か」

存在感のあるそれを、高浩はじっと見上げている。

すると、唐突に視界に白い物が映った。
ふわっと、浮き上がるようにして。

「!」

なんだかよくわからないが、身構える。こんな物があるぐらいなら
幽霊だっていてもおかしくない。

白いのは、人魂じゃなかった。

もちろん幽霊でもない。

ふわりと浮き上がったそれは、ゆるやかに下降して高浩の足下へ
落ちてきた。

三角形の紙が、ぱさ、っと音を立てる。

高浩はそれを拾い上げた。

「……紙……飛行機?」

見間違えることなく、それは紙飛行機である。A4のノートを使って
折られた紙飛行機。

その紙飛行機の翼には、名前が記されていた。

「牧野 遊花……あそび?」
「『ゆか』だよ。お兄ちゃんだれ?」

見上げると、声の主を見つけた。今まで隠れていたらしい。
気づかなかったことはないと思うのだが。

「有沢高浩」

声は少女のものだった。

C62の運転台から、ひょこっと顔を覗かせている。

何秒か、返事はなく。運転台にいるその子は何かもぞもぞ
やっていた。高浩がどうしようもなく、手の中の紙飛行機を弄んで
いると。

「ありさわ たかひろ ……はい。翼に力を。飛べー!」

また声があがり、ふわりと紙飛行機が飛んできた。
ゆっくりと舞い上がり、滑るようにして……

倉庫の壁にこん、とぶつかって落ちてこなかった。

「おおっ」
「?」

遊花という少女は、運転台から飛び降りると高浩のほうへと
駆け寄ってきた。

髪の毛を二つに結った、とても小さく可愛い少女だ。

「今の見た!? 今の!?」
「……?」

意味が分からず、首を傾げる。遊花は上の方を指さした。

「あれ、すっごいよ! 大会出れる!」
「……紙飛行機?」
「そう! 飛行機の大会で優勝狙える!」

少女の勢いは凄まじかった。

「あれ、壁にひっかかっちゃった。取って取って」
「あれを……?」

5メートルぐらい上の、壁の渡り鉄骨に乗っているようだ。

「いや無理じゃないか?」
「あれは全国紙飛行機選手権で一位取れるよ! もしかしたら
その上も……」
「その上って?」
「世界ペーパー紙飛行機ワールドトーナメント大会」
「……」

胡散臭い。

「優勝者は金色の折り紙がたくさんもらえるの」

ますます胡散臭い。

「だからあれ取って! あんなに飛んだの初めて見た。もったいない」
「取ってやりたいけど、どうすりゃいいのか」
「ハシゴがあるから。あそこに」

じゃあ自分で取ればいいのに。

「遊花、高いところダメなんだ。取ってくれたらいいものあげるから」
「何だ。いいものって」
「そんなの最初に言ったらつまんないでしょ」

高浩は言われたとおり、倉庫の片隅に倒れていたハシゴを運んできて
壁に立てかけた。

「……」

遊花は期待の眼差しでこちらを見ている。
ため息を一つついて、ハシゴを登り始めた。ゆっくりと。慎重に。

大体目測だが、3メートル程度の高さで引っかかっているようだ。

ぎしぎしと木製のハシゴがきしむ。
高浩は下を見た。

少女のちいさな顔に、いっぱいの好奇。
くりくりと大きな目は、その瞬間を待ちわびているようにきらきらと
輝いている。

一歩、一歩、一段ずつ踏み上がっていく高浩だったが。
もう一度止まった。

遊花を見る。今にも大声を上げそうな表情。
あと一段上がれば、紙飛行機に手が届く。というところまで高浩は
上がっていた。

あとは、何十年分の埃が堆積した渡り柱の上の紙飛行機を取って
降りるだけだ。

「……」

高浩はそうしなかった。

「あっ!!」

遊花が声を上げたのには理由がある。彼が一歩踏み出さずに
もう一つ上の段に足をかけたからだ。

余裕のある高さで、ひょいと紙飛行機を拾い上げた。

「……あああぅ……」

やはり一段飛ばして降りてゆく。
下では、遊花が目を丸くして、うぅうぅ言っていた。その子へ、
紙飛行機を差し出す。

「ほら。取ってきたぞ」
「な、なんで! なんでそんなヘンな登り方したの!?」
「俺、ハシゴは一段飛ばしで上がる癖があるんだ」
「そんな変なクセあるわけないでしょ!! もー!!」

高浩は彼女の目を見て、注意深くハシゴを見ていた。
すると段になっている角材の一本に、不自然な新しい傷を
見つけていた。だからその段を飛ばしたのだ。

仕掛けを作ったのは遊花だろう。そうとしか思えない。

紙飛行機。その翼を見る。

ありさわたかひろ。
はしごから落ちたきねん。

と、書かれていた。

「いらない!! あげる!」

差し出した手を押し退けて、遊花は走り出した。そのまま倉庫を
出てゆく。
ふてくされたのか、こちらの制止を振り払うようにして。

振り返り、一言だけ言う。

「また会おうね」

それだけだった。去り際には微笑みを浮かべていたが。
走り去る足音を、高浩は聴いていた。

機関車がまるで亡霊のように佇む。小さな少女が、まるで幽霊のように
見えた。C62の魂? そんなものかもしれない。
手の中には白い翼が残っている。それだけが存在の証とでも言うのか。

牧野遊花。幽霊ではなかった。

その子とはまた後ほど、言葉の通りに。
今度は意外な場所で再会することになる。


(8)終

(9)へ続く
スポンサーサイト

| 連続小説 Way to the BLUE | 17:00 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

COMMENT















非公開コメント

PREV | PAGE-SELECT | NEXT