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Way to the BLUE 12話

(12)



7月27日。金曜日。
その朝が来た。

目が覚めた瞬間にすぐわかる、湿っぽさ。
暑くはないが湿度が高い。そんな朝だった。気持ちの悪さを
表すような。

「雨でも降ってるのか?」

粗雑な作りのベッドから身を起こして、高浩は窓へと近づく。
外を見ると、その通り。静かに雨が降っていた。

7月27日。金曜日。
その日は終日、雨が止むことはなかった。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



階段を下りる高浩。その後ろを、とーらがついてくる。
Railwayの一階へと降りた。

降りてすぐ、左の方を見やれば、そこは店の入り口なのだが
今はドアがない。
そのぽっかりと空いた四角を通して、土の地面に水が跳ねる
光景が見えた。

「ドア、直してなかったな。そういえば」

とりあえずやることは決まった。顔を洗うことにする。

高浩は、寝間着として着ていたスゥエットのポケットから
携帯電話を取り出し、開いた。時間を確認する。

6時27分。

こんな時間だとは思わなかった。

「早い……」

大体7時半ごろ起きるのがいつもの生活なのに。

「ここ、TVもないから時刻がよくわからないんだよ」

着たときにも気づいていたが、時計もない。

「時刻がわからない店だ」

時間にシビアな考え方をするわけではないが、それにしても
まるで時刻がわからないと不便ではある。

「時計とテレビ、あとはドアか。そもそも店の手伝いってのは、
そういう事じゃない気もするけどな」

そう。
高浩は今日から、このRailwayの手伝いをすることになっている。

何をするかは特に聞いていない。
アルバイトをしたこともないから、どんなものか見当もつかない。

「俺が出来ることならいいけど」

何となく憂鬱な気分になりながら、厨房の中に入る。
水の蛇口をひねった。

ステンレスの流し台に水が落ちる音が、響きわたる。

夏でも氷のように冷たい水を、両手ですくい、おもいっきり
頭からかぶった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

[成功ロール 目標値7 出目11 成功]



一輪の、赤い雨傘。

緑と、青と、そしてスモークブルーの世界に鮮やかな花一つ。
その傘をさす当人には見えなくとも。
その風景は美しかった。

「おはよう。ふたえさん」

ちょうど顔を上げた高浩の目の前に、そんな美しさの元がいる。

「あら。高浩くん? どうしたの。玄関なんかで」

時刻は7時半。いつもこの時間に来るのか、落ち着いた表情の
ふたえが声を発した。

「おはよう。高浩くん。で、何をしているの?」
「扉の修理。誰かさんが壊した」
「あらまぁ」

感嘆というほどではないが、ふたえは気の毒な人に声をかける
ような表情だった。それほど深刻なものではないのだが、見えない
のだから仕方もない。

「でも、もう直ったよ。1時間もかからなかった」
「へぇ。高浩くんは大工さんの才能があるのね」

聞きようによっては馬鹿にされてるようにも聞こえるだろうが
ふたえは大まじめである。

「我ながら良い出来だし、いっそ学校出たら建築学校行こうかな」
「ああ。それは良いことだわ。職人さんはあこがれるわね。
高いところとか大丈夫?」
「いや、一応設計士とか目指したいんだけどなぁ」
「親方さんになりたいのね」

傘を畳んで、ふたえは微笑みながらRailwayに入ってきた。
やはり何かおかしい気がするが、とりあえずそれはもういい。

「ドアは直ったけど、その後はどうしたらいいのかな」

ふたえはお店の厨房に入り、いつもの様子で黒いエプロンを
つけていた。相変わらず目が見えないようには思えない。

「そうねぇ、高浩くんには、やっぱり配達を手伝ってもらおうかな」
「配達?」

工具を箱にしまって、高浩は聞き返す。工具箱はそもそも、
入口近くの公衆電話の下にあった。勝手に使ったが、
良かったのかどうか。

配達というのは。

「Railwayでは、町中の人へのお食事お届けや、頼まれ物配達、
郵便・配達物の一時預かりとか、そういうこともしてるの。
あと、ぬいぐるみの修理」
「……何だって? いや、ぬいぐるみの修理って」
「あと、軽食もお出ししているわ」
「ううん……。あの、ここの喫茶店としての売上って」
「そうねぇ。そういうのを除いたら、普段みずほちゃんがタダで
飲んだり食べたりする分で無くなるほどかも」

その懸念をまずなんとかした方がいいような気がするが。

「で、配達って。具体的には?」
「動けないご老人のおうちへお食事を届けて、普通の出前もして、
あとはほら、常葉町はお店が少ないでしょう? だから何か欲しい
物があっても、なかなか買えないこともあるから。だから代わりに
探したり買ってきたりしてあげるの」
「郵便は?」
「郵便局員さんが、おうちを空けてて配達できなかったものとかを
Railwayで預かるのよ。10件くらいにお願いされてるわ」

私立の私書箱みたいなシステムだろうか。

「ぬいぐるみの修理は……」
「それは無料でやってるの。私が一番得意なことよ。……あ、今、
8時57分だから、そろそろお店開けましょう」
「そうですね」

高浩は頷き、何から手伝えばいいのかよくわからないまま
ともかく動こうとしたときだ。

「……8時57分?」

ポケットから携帯電話を取り出して、二つ折りの機械を開き、
画面をのぞき込む。

8時59分。

と、表示されていた。
だが実際には違う。この時計は2分ぐらい早い。

つまり、Railwayには時計が全く無いのに、ふたえは時刻を
分単位で正確に言い当てたようだ。

驚いて、ふたえに訊く。どんなトリックがあるのか。

「なんで時刻がわかったんだ!? 時計も持ってないのに」
「時計なら持ってるわ。時々ちゃんと確認しているの。
アヒルみたいな声が出るの」

エプロンをつけて厨房から出てきたふたえは、ポケットから小さな
丸い機械を取り出した。楕円のそれは、白いプラスチック製の餅の
ように見えた。

目立たないがボタンがついているようで、ふたえがそれを握ると
ガチョウのような奇妙な声で、声が流れ出る。

『8時59分39秒ガーガー!』

見たところ、それだけの機能のようだ。液晶もない。
子供のおもちゃかもしれない。

「でも、さっきは全然確認してなかったですよ」
「確かにそうねー」

困ったような様子もないのに、困ったような声を出しておどける
ふたえ。

「だけどね、高浩くん。大切なものを待ちわびると、人はそれを
感じ取ることができるようになるの。私は、10年以上もいつか
訪れる時を待ってたから。そういうものなんだよ」

ちょっと悲しそうに、ふたえは笑った。

『9時00分03秒ガーガー!』

もう一度流れる声。高浩は、少しだけ笑った。

「変な声ですね」
「そうね。ふふ」

ふたえも小さく笑って、それを大事そうにポケットに仕舞った。

「高浩くんが笑ってくれたから、きっとこの時計も喜ぶわ」

そう言って、直ったばかりのドアの外へ出てゆく。
Railwayの扉にかかる閉店札が、ふたえの手によってひっくり
返された。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



群青と深緑、くすんだような茶。
様々な色彩をパレットに突っ込んだような世界に、雨がさらなる
重みを加える。

雨が降った山々の景色は、油絵に見える。

「今日は何もなし、か」

飾り気のない白い傘を差し、吉野千歳は罠を覗いて回った。
結局、何の収穫もない。
普段着にしている朱の簡易僧服が、少し濡れただけだ。

やや、そのまま。
世界がグレーに浸食される様を、じっと見続けている。

「この雨は、しばらく止みそうもない」

千歳は絵画の良し悪しなど知らない。しかし絵が切り取る
一瞬の美しさを、この光景が持っているのは間違いないと
思っていた。

山道の中、雨粒が傘の表面を叩く音。
そして木々のつける葉に触れ、それから地面へと降り注ぐ音しか
聞こえない世界。
あれほどうるさく騒ぎ立てる虫達も、どこかへ行ってしまった。

その音に耳を傾けながら。
ゆっくりと、山を下り出す。


山を降りきると、すぐに寺の境内である。
玉砂利が敷き詰められた境内も、一面がグレーアウトしている。

白い傘の千歳は、境内に立っていた。

同じようにして、境内に入ってくる人影を見て。
それに声が届く距離まで待っていた。

この雨だから、近くでなければ聞き取れない。
だから、濡れた玉砂利を踏みしめる足音が近づくまで待っていた。

「やあ。おはよう。高浩」

彼は、背中に背負った荷物を地面に下ろした。重たいのか、顔を
しかめつつ。

それからやっと、会釈する。

「千歳さん。おはよう」
「ふふ。前にも言ったけど、千歳でいいよ」
「いや、やっぱり何となく。今日も、狩り?」
「ああ。あいにくの雨で獲物もなかったが、この雨が人の匂いを
消してくれるから、また明日に期待している」

山を見上げながら、千歳はそう言った。ここから獣の動きを
見通すように。そんなことはできないが。

千歳は気づいて、彼に尋ねた。

「ところで、どうしたんだ。その荷物は?」
「ああ。配達のついでに、昨日の肉、あれ、美味しかったよ」
「そうか。良かった」
「それで、ふたえさんがこれをお礼にって」

紫の風呂敷にくるんだ包みを、高浩は差し出した。
それを受け取り、尋ねる。

「手伝って貰った礼なのだから、お返しなど不要なのに。
わざわざ申し訳ない。中は、なんだろうか。解いても良いか」
「どうぞ」

小脇に傘を支えて風呂敷の包みを解くと、中から重箱が
出てきた。蓋を開けると、そこにはおはぎが入っている。

「これは嬉しい。ありがとう。私も父も好きなんだ」

ふたえの作るものがなんでも美味しいことは千歳も知っている。
素直に嬉しかった。

「父は朝早くから釣りに行ってしまっているが、良かったら
上がってゆくといい。さっそくお茶を煎れよう」
「いや、まだたくさん配達があるから」
「それは残念だ。だが仕事なら仕方ないな。無理をせずに」
「ありがとう。千歳さん」

千歳は破顔した。別に何かが愉快だったわけではない。
ただ、高浩がとても自然で、気持ちよく笑ったから
つられただけだ。

「それじゃあ、また」

彼が手を振る。両手が塞がった千歳は、笑みを返すことで応えた。
高浩はまた、思い荷物を背負って長い階段を下りてゆく。
千歳は、その背中を見送った。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


渡された地図を片手に、高浩は雨の町を歩き回った。
いい加減精根尽きかけたところで、最後の配達になる。

「ああ。君、藤ノ木さんのところの子だろ。手伝いかい。偉いね」

大抵の所でそんなことを言われる。
ここでもそうだ。矢嶋さんという普通の一軒家に届けたのは、
小さな小包だった。

「ああ。届いたか。これはライターのオイルでね。こいつじゃなきゃ
ダメなんじゃよ。もう2年も前に製造中止になって、困っとった。
よく見つけてくれたもんじゃ」

小包を受け取り、老人は嬉しそうだった。ふたえに頼んでいた
らしいが、なぜふたえにお願いするのかわからなかった高浩は
尋ねてみた。

「Railwayにそれをお願いしたのは、なぜなんですか?」
「そこなら見つかるかもしれないと思ったからじゃよ。あの店が
どんなに無理なものでも見つけてくれそうじゃから」
「それは、貴重な物を探すってことですか?」
「違う。無くなった物がそこにあるからじゃよ」
「無くなったものが、そこにある?」

老人の言葉の意味は、わからなかった。
ふたえは失せ物探しの天才だろうか? 最もそういう風には
見えない女性である。

何より目が見えないこと。それで全て滞ってしまう。

Railwayの秘密。

不思議な信頼関係が築かれているようだ。行く先々で思い
知らされる。藤ノ木ふたえや、自分の両親達の故郷に来れば
わからないことがわかるかもしれないと思っていたが、
それはどうやら、浅はかだったようだ。そう、高浩は思い直した。

「すみません。じゃあ、お渡ししたので判子を下さい」

釈然とはしないまま、仕事を終える。
空のバッグを背負い、Railwayへの帰路へつく。

時刻は12時を30分回っていた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「みずほ。いい加減起きなさいっ!」

母親の声。けたたましい怒鳴り声に、みずほは目を覚ました。

「ふぁぁあぁ~」

高浩が午前の配達を終えた12時ごろ、木桧みずほ起床。
パジャマのボタンを留め直し、めちゃくちゃに乱れきった髪を
とりあえず整える。

「あんたねぇ、休みに入ったからってボケすぎじゃないの?」

エプロン姿の母親が、みずほの部屋の入口に立っている。
木桧美砂。母親。父親は、安倉木智也。結婚してないので
内縁の夫婦ってことになる。父親は民間のパイロットで、
いつもいない。

ポニーテールの髪型は、みずほと似ている。というより、
母親がいつも自慢げに口にするのは、若い頃の母親とみずほは
性格以外は瓜二つだということだ。

その自慢を証明するような古いアルバムの類は、この家には
ないのでわからない。20歳ぐらいの写真では、確かに似て
いるのだが。

「なによ。じーっと見ちゃって。お母さんが珍しいの?」

いよいよもって、ヤバい。
母親……美砂はそんな風に思ったかもしれない。

みずほの精神状態は、美砂が思うほど異常ではない。

みずほの部屋は6畳ほどの普通の部屋だ。他に姉妹が
いないので、二階の一室を子供の頃から与えられている。

部屋は良く言っても雑然としていて、今のみずほの長髪の
ようにまとまりがない。辺りには雑誌、CD、ゲーム機、服、
コンビニの袋や通販の箱、ぬいぐるみが散乱し、絨毯が
見えない。

悪く言えば『終わっている』部屋である。

「こんなゴミだめみたいな部屋でよく暮らせるわ。本当に
我が子とは思えない……」

唯一、空いた空間になっているベッドの上に座ったまま、みずほは
一度大あくびをした。そして、寝癖を押さえつけながら。

「おかーさん、いまなんじ?」

ろれつの回らない口調で尋ねる。母親は呆れながら答えた。

「12時30分よ」
「ふぁー、なんだ。まだ5時間しか寝てないんじゃん。そりゃ眠いわ」

朝7時に寝たのか……。
美砂は片手で、頭を抱えた。

「みずほ。そんな徹夜するほど何をしてたのかな。お母さんに
教えてくれる?」
「えー、ロマサガ3」
「うら若き女子高生がゲームで完徹とか……」
「……いや……だってぇ……」
「だってもくそもあるかい!! シャキッとせんか馬鹿たれ!!」
「あーうー……シャキッとぉぉー……」

容姿の似た娘だが、誰のどこが遺伝してこんなことになったのか
認めたくはなかった。美砂は。

「ふぁぁぁ……、あ、万里にメール打っとこ。『今どこ。遊ぼう』」

ある意味では、文字通り奔放に飛び回る父親の悪影響を受けたと
言えるかもしれない。そういえば、もう何十年も前に若くして死んで
しまったが、夫の父親もいい加減な人だった。

美砂はその頃から、今の旦那やその父親と暮らしてきた。
まぁいい加減ではあったが……。

それにしても、ここまで酷くはない。

「はぁ……。なんか、
耀司おじさんの高笑いが聞こえてきそーだわ……」

それは独り言である。美砂は、訊いていないようだった。訊いて
いないフリをして、実は聞いているのかもしれないが。

「大体夏休み中なんだし、何時に起きようとどうでも良くない?」
「よくないに決まってるでしょうが! さっさと起きてご飯食べて
勉強しなさい!」

さらに怒りの雰囲気を増大させている母親に、はいはいと手を
振り、みずほは嫌そうな顔をした。表情を隠せない娘である。

「でももう、今日の補習は4時間遅刻で無理だと思うけどなぁ」
「 自 主 的 に勉強しなさいっての!!」
「……うーい……」

ベッドの上であぐらをかき、携帯をいじくりまわす我が娘の姿は
何年後かの、結婚も出来ずひきこもるニートを想像させる。

自分の娘が社会問題化しているような気さえしてくる。

「朝ご飯なにー?」
「昼だっつーの」

ようやくベッドから降りたみずほは、ひょいひょいと飛ぶように
床に散らかった物を避けながら、部屋を出てきた。

同じ芸当はみずほ以外には出来ないだろう。今が戦時中なら
地雷原突破の天才と呼ばれたかもしれない。

部屋を出て階段を降りるところで、みずほは立ち止まった。
携帯を開いて。

「あれぇ、返ってこないなぁ。万里、いつもはすぐメール返して
くるのに」
「携帯は下に行ってからいじりなさいよ」
「はーい」

下へと降りてゆくぼさぼさの後頭部を見つめながら、美砂は、
疲れたようにため息をついた。


真面目にやれば、何でも出来るはずなのに。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


高浩がRailwayへと戻ったのは12時45分ごろだった。

軽くなったバッグを肩に掛けて、木造の元駅舎へ。
修理されたばかりのその入口に立って、そしてドアを開ける。

「わあああああああああああああああん!!」

ドアを開けた姿勢のまま、びくっと硬直する高浩。
突然店内から聞こえてきたのは、女の泣き声だった。

気持ちの整理には数秒要する。
何? 誰の声? なぜ泣いている? 誰が? なぜRailwayで?

ぼやけていたものにピントが合うように、思考が、一人の顔を
浮かび上がらせる。

「ふたえさん!?」

その名を呼びながら店に踏み込んだその瞬間。
状況は、高浩を凍り付かせる。

Railwayに入り、まず見えたものは女の子の背中である。
青っぽい袖なしの、シンプルな服に身を包んだ子の。

その女の子が、床に座り込んで、顔を覆って泣いている。
ふたえはその隣で、彼女の肩に手をかけおろおろしていた。

……本当におろおろしているだけである。

「……あの、ふたえさん?」
「あ、高浩くん? 良いところに帰ってきてくれたわ」

安堵というか、疑問いっぱいの状況を理解する間もなく、
高浩に課される、次の仕事。

「万里ちゃんをお願いね」

ふたえはその子……万里? 彼女の肩をポンポンと叩いて
抱き起こす。

そしてRailwayのテーブル席に座らせた。すんなり立ち上がった
のは、もしかしたら床に座ってるのがイヤだったからかもしれ
ないが。

「あのー……当たり前の質問していいですか?」
「どんなこと?」

ふたえが振り返り、こちらを見る。見えない目で。

「確か月方万里さんでしたっけ。その子」
「ええ」
「なんでRailwayで号泣してるんですか」
「ごめんなさい。よくわからないの」

要するに誰もわからない。
でも、その子はそこで泣いている。そういう事らしい。

「お店に入ってきたと思ったら、突然泣き崩れてそのまま
ずっとこうなのよ。困ったわ。お客さんはみんな気まずそうに
出ていっちゃうし」

そりゃあ、出ていくに違いない。

「で、お願いねって?」
「万里ちゃんがなんで泣いてるのかよくわからないのだけど、
高浩くんが優しくしてあげれば多分大丈夫よ」
「……あの、何でそんなおかしな話になってるんですか。
俺はカウンセラーじゃないですよ」
「これは私のカンなんだけど、万里ちゃんが泣いているのは
高浩くんのせいでもあるかも」
「なんでですか。俺は彼女に全く何もしてません」

肩までのセミロングの地味目な少女。
あまり話さない子な上、母親の月方絵理菜があまりにも人に
与えるインパクトが大きいために、娘である彼女の印象が
おもいっきり薄い。

いつもみずほにくっついていたぐらいしか。
本当に、全然知らない。

周囲がまるで理解できないまま、彼女は泣き続ける。

「うわああああああああああああああああん!」

月方万里。

高浩はこの時点で、もちろん何も知らない。
だが、後々には知ることになる。


彼女は彼女なりに生きていた。
生まれてからずっと、誰かに運命を重ねながら。



(12)終

(13)へ続く
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