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Way to the BLUE 15話

(15)


「あ。そろそろ16時じゃない。それじゃ私、帰るね」

 がっし

腰を上げた姿勢の美砂の腕は、真正面の人にがっしりと
掴まれた。

半眼で睨むが、彼女は半泣きでぷるぷると首を横に振る。

「放してってば」
「やだやだやだ。美砂ちゃん、万里ちゃんが帰るまでここにいて」
「なんでよ。私、関係ないでしょ」
「やだやだ。だって絵理菜、万里ちゃんがそんなに怒ってたなんて
知らなかったんだもん。どうすればいいの」
「どうもこうも、謝ればいいでしょう」

腕を振り払おうとするが、とても病人とは思えない腕力で放さない。
絵理菜はハッと、顔を上げた。

「最近流行の、親をバットで殴打事件とかー!」
「あるわけないでしょ。んなもん」
「普段大人しい子ほどキレやすいって~」
「あのねぇ」

  ガラガラ……

立て付けの悪いドアが、スライドする音が聞こえた。

この家は表の玄関フード(雪害対策用の『二重玄関』)から入れば、
廊下もなく、すぐ目の前がリビングである。

立っていたのは万里だった。

「おかえり。万里」

美砂が声をかける。万里はうつむくようなお辞儀をした。

「ただいま……」

声の調子は、この雨のように湿っぽい。
それは大体理解できるものだった。

その空気を切り払うように、美砂が明るく言う。

「おでん作ったから持ってきてあげたわ。晩ご飯にしてよ」
「ありがとうございます……」

謝辞を述べながらも、少女は美砂の肩越しに何かを確認している。
何を見ようとしているかはわかっている。

美砂は少し笑って、万里に近づいた。いつもそうしているように、
万里の頭をぽんぽんと叩く。

「お母さんに心配かけちゃダメよ。お母さんは万里に謝りたいと
思って……」

見上げる小さな少女から、絵理菜の方を振り返る。

「ほら、ああして……って、何テーブルの下にもぐりこんでるわけ?」
「あああ万里ちゃん怒ってるよね怒ってる? はわぁわ」
「……まぁその、あんな人なんだから。悪気があって言った訳じゃ
ないの」
「知ってます……それはもう、いいんです」

ガタガタ震えている絵理菜へ、万里は笑いかけた。片手に持って
いる箱を差し出して。

「お母さん。ごめんね。三葉堂のレアチーズケーキ買ってきたよ。
ご飯の後に食べようね」
「万里ちゃん……」

テーブルの下から顔だけを出して、愛娘を凝視する。その顔が
ぱあぁぁっと明るくなった。

「万里ちゃんんん~ありがとう~」

どちらかというとケーキの方に向かって礼を言ったような気がする。
絵理菜は無言でケーキをテーブルに置いた。それに視線が釘付け
になったままの母親の方を、美砂は睨む。

美砂の気配に気づいて絵理菜は動きを止めた。普通に食べようと
していたのだろう。

とにかく、面倒なケンカはこれで終わったのだが。

と、思った矢先にである。万里はまるで浮かない表情のまま、
自分の自室へと入っていった。

「万里……? 私帰るけど、これ、ケーキ……」

声をかけた美砂を無視して、である。
絵理菜はまるで気づいていないが、それは絵理菜に対して怒って
いるのとは全く違うように見えた。

そうだ。まるで違う。
足早に自室へ入ってしまった万里は、どこか慌てているように
見えた。

まるで悪いことをして、それを見つかるまいとするような。

「ケーキ見張ってないと、知らないわよ……」

ため息を一つついて、美砂は頭を掻いた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


自室に入り、万里はすぐに自分の携帯電話を探す。
それは畳んだ布団の上に置いてあった。

ピカピカと、ランプが青く光っている。何かメールか、電話が
あったことを示すものだ。

母親が電話したのかもしれない。

「……」

いや、違うと……思う。
白い二つ折りのそれを開いてみればわかる。そういえばこの携帯
電話は、高校に入ったときに買った安いものだが、買った時には
本当に嬉しかった。

あの時も、万里とみずほは一緒にいた。

一番最初にアドレスを登録したのも、メールを受け取ったのも、
送ったのもみずほだった。

静かな雨音が、天井裏から聞こえる。
畳んだままの布団の上に座り、携帯電話を開いた。

そこに表示されているのは、みずほから真昼に送られたメール
だった。何通も。

「……」

そうだ。
いつだって、みずほと一緒に、楽しいことも辛い時も過ごしてきた。
子供の頃からずっと……。

みずほと一緒に……。

なら、どうして私はRailwayに行ったのだろう。
Railwayにみずほはいなかった。
どうしてそこにいないみずほを捜さなかったんだろう。

今さら、散々泣いたのに。涙が溢れてきた。
なぜ? 何か……おかしい。強い違和感を感じる。

ぼろぼろとこぼれる涙を、手の甲で拭った。

「っ……ひ……ぅ……」

わからない。わからない。感情がずっと落ち着かない。
ざわざわと、喉元を探り回されるような息苦しさを感じる。

「(心がバラバラになりそう……っ)」

涙が出るのは、多分防衛本能だと思う。
泣かないと本当に壊れてしまいそうだ。

「なんで、私……Railway……に!」

震える指で、携帯電話を操作する。
メールを打とうとするのだが、言葉が出てこない。みずほから
送られてきたメールに対する返事を打てばいいのか、それとも
別なことを書けばいいのか。別な事というのは、何か。

それが何なのかわからない。わからないから、みずほと会うのが
嫌だったのかもしれない。

あの時。Railwayで出会ったとき。なぜ逃げた?
逃げた。逃げただろう。どう見たって。

「苦しい……きもちわるい……なんでこんなに苦しいの……」

なぜか。

「会いたかったから……?」

誰に。

「あの人に……?」

『ごめんなさい』

打ち込んだ文字。メールの返事。それはメールの返事ではなかった。
ただ、そう言うしかなかった。

木桧みずほはどう受け取るだろう。彼女はきっと、気づいていない。
有沢高浩という人に、こんな違和感を持っているわけがない。

だからただ、謝ることしかできなかった。
意味はきっと伝わらないだろう。しかしいつか、みずほも感じるかも
しれない。高浩と一緒にいるときに、そんな感覚を。いや、それは
予感なんかではなく……もっと確かな。

例えば彼女が見えるという『翼』のような。
そういうものがあるのかもしれない。

  ♪~

はっとして、電話を見た。音声通話の呼び出し音。

画面に表示されている番号は、登録されているみずほの携帯
電話だった。

「もしもし」

できるだけ涙声を気取られないよう、声を出した。思ったより
大きな声になってしまったが。

《あ、みずほだけど。電話大丈夫?》

こちらの声の大きさに驚いたのか、少し控えめなみずほの声。
万里はうん、と、短く答える。

「うん。大丈夫。ごめんね」
《いや、何がごめんか知らないけど、私の方が謝らなきゃならない
から、ごめん。さっき》
「ううん。いいの」

みずほの声を聞いて、むしろ落ち着いてきた。Railwayでは声を
掛けてくれなかったから、こんなに動転してしまったのだろうか?

《その、ぶつかったときにクッキー落としたでしょ? ふたえさんに
聞いたら、今焼いてあげたもんだって言うから。ホントごめん。
なんか考え事しちゃってて。雨だからこんな事になるのよね》
「……うん」

あの時の『間』は、ただ単に考え事をしていただけで続くような
ものではなかっただろう。でもみずほがそう言うなら、そういう
ことだ。みずほが万里に嘘をつく『はずがない』。

《今、高浩から話聞いたんだけど、何か大変だったらしいじゃん。
電話掛けても出ないから心配したよ》

高浩。その名前が出ると、何か心臓がほんの少し、うずくような
感じがする。万里は、少し無理をして笑った。

「お母さんとケンカしちゃって、なんとなくRailwayに行っちゃった。
高浩さんには迷惑だったと思う」
《別にいいってば。それよりちゃんと仲直りしなよ。一人だけの
母親なんだからさ》
「……うん……」

うん。月方絵理菜はこの世に一人だけの母親。
そして木桧みずほは、この世に一人だけの友達。

「みずほちゃんはいつも私の心配してくれるね。でも私、そんな
みずほちゃんにお礼を言うことぐらいしかできない」
《そんなのいいわよ。だって幼なじみじゃない》

万里は、もう涙を浮かべていなかった。

「そうだね。今までと同じように、ずっと仲良しでいたい」
《当たり前でしょ》

万里は眉根を寄せ、目を閉じた。

それは当たり前のことだった。ずっと。今までは。
だがこれからも、それが続くのだろうか。

……わからない。

わからない、が。
もしもそれが壊れる日が来るとしたら、その時はきっと……
Railwayがそこにあるだろう。


誰もが出会い、誰もが別れる。
あの店で人は大切なものを見つける。

「ふたえさんと、高浩さんは」

《ふたえさんは今、台所にいて、高浩は晩ご飯の配達に行ってる
けど》
「そうなんだ。二人に迷惑かけてしまったから」
《別にいいんじゃない? ふたえさんはそんなこと気にしてないし、
あの男はどうでもいいし》
「……どうでもよくないよ」

小さく、それは自然と口から出た言葉だったが。

《……あっそう。まぁ、あんま持ち上げない方がいいよ。あいつ
どうも信用できないとこあるから》

みずほは人を見る目がある。昔からそうだった。

「……うん。そうだね」

でも、それは多分間違ってる。
みずほは言っていた。

『高浩には翼がある』と。

それが見えるから、みずほには許せないのかもしれない。
彼が父親と同じようなものだと認められないから。

(みずほちゃんの彼に対する見立てが厳しいだけなんだけど、
それは放っておいたほうがいい……。言ってもわからないし、
私にも見えないんだから)

まだ見えない。彼が何に行き着くのか。
Railwayは、何との出会いと別れを紡ぐのか。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



18時。

長い一日の終わりには、短い夕暮れが待っている。
雨は小降りになり、遠い空の彼方が赤茶に焼けているのだ。

配達から帰ってきた高浩が椅子に座る。肩に乗っていた
エゾモモンガがテーブルの上に着地するのと同時に、みずほは
口を開いた。

「遅かったわね」

テーブルの上で鼻をひくひくさせているモモンガを人差し指で
つつきながら、みずほは冷たく言った。雨で濡れたシャツを気にして
いた高浩には、それはもう頭に来るような言い方で。

「誰かの書いた地図が間違っててな。二軒ぐらい」
「あら、うっかりしちゃった。ごめんなさい」

モモンガの小さい額を、指で撫でるのはやめないまま、あくまでも
素っ気ない。というより、謝る気がカケラもない。

「この雨の中、岡持持ってうろうろさまようのは辛かった」
「嵐の日に出前とか頼むの、もうやめようと思ったでしょ」
「そんな事してねーから」
「人生何事も経験よねー」
「同い年に経験語られたくないし」

モモンガをいじくるのが楽しいのか、前足と後ろ足の間のぷよぷよ
した部分をずっとつついているみずほに、彼が逆に詰め寄った。

「で、ダラダラとRailwayにこもってミルクティーばっかり飲んで、
とーら突ついて、あんたは一体何なんだ。親も心配するだろ。
早く帰ってテレビのリモコンでも突つけよ」

むぎゅ、と、とーらを鷲掴みにして高浩はそれをぽいっと投げた。
あ、と言ってみずほは視線で追うが、投げられた毛玉のような
それは空中で3回転ぐらいしてから、バッ!! と手足を広げて
滑空していった。

で、入り口付近の旧式のレジスターにしがみつく。ピ、と、何かの
キーが押された音がした。

それはどうでもいい。

「親は心配しないの。私はふたえさんの盲導犬役なんだから」
「盲導犬役?」
「目が見えないふたえさんが、一人で歩いて帰ったら危ないでしょ。
だから私が一緒についていってあげてるのよ。殆ど毎日」
「……それはご立派なことで」

ここまでずっとふたえを見ていたが。とても付き添いが必要とは
思えない。この配達、これも普段は一人でやっているらしい。
それを考えても、みずほが必要だとは全く思えない。

「……いらないんじゃないのか? ふたえさんには」
「な、な、なんてこというの!! 必要に決まってるでしょ!!」

あまり感情を見せず、無関心なように見えるみずほだが、今日
初めて、動揺したような仕草を見せた。

「ふたえさんは目が見えないんだから、車とか来たら危ないし!」
「いや、ふたえさんは100メートルぐらい離れた車でも多分
気づいちゃってると思うんだが」
「そんなわけないでしょ。私は気づかないもん」

ふたえは気づいてるんだってば。

「他には?」
「ほ、他には……ほか……あ、こんな雨の日には傘を持って
あげるわ」

両手は使えるのだが。というか今朝は、ふたえは普通に傘を持って
一人で来ていた。

「……やっぱ、必要ないんじゃないか?」
「そ、そんなことないもん!! ねー! ふたえさん!」

ちょうどそこに、何か皿を両手に持って厨房から出てきたふたえが
近づいてきた。
皿を、高浩とみずほの目の前に置きながら。

「えーと、何の話?」
「ふたえ姉さんは、私が必要なんだよね?」
「ええ?」

ニコニコと笑っているが、実に困ったような雰囲気を見せている。
……みずほは気づいていないのかもしれないが。

「そ、そうねぇ。まぁ、助かることもあるわねぇ」
「でしょ!? どんな風に助かるか、この脳天スケベに説明して
あげてよ!」
「え? ……えぇ……その」

皿を見る。焼いた肉と茹でた野菜。皿にはそれが載っていた。
ステーキのようだが。

「あ、これはね、鹿肉のステーキなの。また吉野さんから頂いて」

思いっきり話を逸らしているのが見え見えだが。
高浩にそれを説明しようとしていたふたえを、みずほは声で引き
戻そうとした。

「料理より、まず私の存在意義!」
「えーと、そうねぇ……えーと……」

本気で困っているようなのだが……。

「み、みずほちゃんがいると、花が咲いたみたいにお店がとても
明るくなるわよね?」
「そう。そういうことなのよ」

今のは疑問型なのだが。

「つまりこのぼろっちいRailwayが華やかで若々しいのは、私が、
私がこうして毎日来てるからなのよ」

念を押すように。

「私が来てるからなの。オッケー?」
「そうなの?」

高浩がふたえに訊ねてみるが、ふたえは困ったように笑い。

「うふふ、そ、そうね。あ、ご飯も持ってこなきゃ」

……そのやりとりで、なんというか理解できる。
みずほはかなり、いや、全然この店に必要ない。
多分親御さんも帰りが遅いことを心配している上に、ふたえは
それが良くないと思ってもいる。ということだろう。

どこまで……空気が読めてないのかと。

「そういうことなのよ」

得意げに言うが、みずほは本当にそう思っているのだろう。いや、
薄々は気づいているのかもしれないが、それを認めると、言うなれば
アイデンティティの崩壊を招くのだろう。

当人以外には大迷惑なのだが。

「(いるんだよなぁ……こういう人)」

高浩は何かひどく疲れて、うつむいた。みずほは相変わらず、自分の
レゾンデートルについてなおも力説している。

親友の万里がみずほに対し、父親がいるということをちょっと自慢
したくなって……という話を昼間聞いていたが。
親友なのにそういうつまらない意地を張るのはどうかとも思ったが、
まぁ、日常からこんな調子では何か言いたくもなるだろう。

少しだけ、万里に同情した。
いや、こんな幼なじみと親しく過ごしてきたのに、万里は何と
まっすぐ素直な良い子に育っただろう。
奇跡に近い。

「あと、私が料理をつまみ食いするたびにふたえさんの料理が
上手くなっていったのも事実なのよね。これは」

鹿肉のステーキには、甘いグレービーソースがよく合った。
そんなことはみずほの行為には何ら関係がないと思うのだが。

一日、Railwayの仕事を手伝い続けて、疲れた身体には果実の
味わいが残るその甘酸っぱさがたまらなく良かった。

「私は料理とか全然ダメだけど、舌は確かなのよ」
「黙って食え」

あからさまに気分を害したように、みずほは手を止めて高浩を
睨みつけてきた。


こうして、雰囲気は最悪のままで、北海道の三日目の夜が
ゆっくりと更けてゆく。



(15)終

(16)へ続く
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