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Way to the BLUE 21話

(21)


風が右頬を撫でてゆく。

不意に立ち止まり、鮮やかな青空を映し出す、海を眺めた。
青々とした海風。空気は踊るように、明快な力で我が身を取り巻く。

淡さ。儚さ。水の清冽さ。雲。乾いた砂の粒。
そして常緑。黄土色の土の匂い。

見えるもの全てが、全てであるかのような既視感を振り払おうとする。

立ち止まっていた。木桧みずほは、偶然に出会った風に。
羽ばたくための翼を閉じて。

いつまでもそれを視界に留めておきたいという誘惑を振り払いながらも
立ち止まっていた。

木桧みずほは、自由に揺れる前髪を右手で抑えた。
太陽が突然真上に現れたような錯覚を覚えながらも。

見上げたりはしない。

空がそこにある。道を見失わないためにそこにある。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「おっにーーーーーーーちゃーーーーん!!!」

いきなり甲高い声が出迎えてくれる。それが何かの合図だったかの
ように、小さな身体が前方から飛んでくる。

「うおわあああ!」

全く気構えをしていなかった高浩は、反射的に両手を開いてその
小さな身体を受け止める。重たい重量を両手に抱えて、二つの
ポニーテールを作る頭を見下ろした。

牧野遊花だった。

「おっかえり!! おにーちゃん! 早速色々といろんなことを色々
いっぱい色々だから色々がんばろうね!」
「色々何のことだよ」

真昼のRailway。有沢高浩は、Railwayが受け持っている個人宅への
商品配達を終えて帰ってきたところだった。大したことではなかった。
3件ほどに小さな荷物を持っていくだけのアルバイトで、これは
Railwayの現マスターである藤ノ木ふたえの仕事の肩代わりである。

細身で、視力にハンディを負っているふたえがなぜこんな外回りを
今まで完遂できたのか。それは高浩にとって、敬意に値する努力の
成果だと考えていた。

それはともかくとして。

「なんで遊花がRailwayにいる?」

牧野遊花。その中学二年生の少女は、有沢高浩にとって最近見知った
馴染みの子だった。遊花は高浩が通う銭湯の娘……一応次女で、
長男と交代しながら番台をしていることがある。そこで顔を合わせるのだ。

明るくて気のいい女の子である。ちなみに、長男は気の悪い時代錯誤な
不良マンガ風の男であることを付け加えよう。

「おにーちゃんのこと待ってたー」
「何故に」
「あそぼー」
「……何故に」
「ひまだから」
「おにーちゃんは暇じゃない。ふたえさんの仕事をしないと」
「だめー遊ぶって約束だからだめーだめーだめだめだー」
「ええい、聞き分けのない子だな」

すがりついて離れない遊花を引きずりながら、高浩は店内に足を進めた。
エプロンで手を拭きながら、ハッとするほど美しい女性が現れる。

「おかえりなさい。高浩くん。ごくろうさま」
「ただいま」

彼女が藤ノ木ふたえ。
廃駅を改装して作られた喫茶店『Railway』のマスターである。

今日は白いレース地のトップスに、赤と黄色の花が鮮やかにプリントされた
長いスカートを着ている。もちろん、いつものように黒いエプロンを着けて。

「高浩くん。お昼にする?」
「ああ、お願いします」
「わかったわ。もう準備してあるの。今日は挽肉のオムレツなのよ」
「うん。ありがとうっていうか、ふたえさんはこの状況でも全く動じてないね
相変わらず」
「え? ああ、遊花ちゃん? ふふ、朝からずっと待ってたわ。高浩くんの
事が好きみたいよ」

にっこりと言うふたえに、なんだか腹の虫でも探られているかのような
嫌な感覚を覚えながら、高浩は。

「こういう状況は、大人が理性的判断でやめさせるもんじゃない?」

こういうの、と、下に向けた人差し指で遊花を示す。

「あら、私、よく見えないの。ごめんなさい」

そうだった……。
しかし、どうにも彼女が『見えている』ような錯覚を覚えてしまうのを
なかなか止めることが出来ない。

「遊花。椅子に座るから離れてくれ」
「あそぶって約束してくれたら離れる」
「ああわかった。遊んでやる」
「いつ?」
「今度」
「そんなのだめだぁ。今すぐがいいー」

何かと鋭い娘だと思う。
第一、働いている高浩が、マスターの意向無視して遊んでいることなど
できるはずがない。どうにかして少女をやんわりと……諦めさせる方法が
ないものか。そうやって考えていると。

キッチンから、平たい皿を二つ持ったふたえがやってきた。ついでに、思い
出したように話す。

「そういえば、みょこちゃんの受け取りにきたの? 遊花ちゃんは」
「うん。それもあるよ。それもこれも大事だけど、とりあえずそれ」

代名詞の多い子だ。

「みょこちゃんって?」

高浩は尋ねる。とりあえず遊花がしがみついたままだが、強引に椅子に
座って。
ふたえは皿をテーブルに置きながら、答える。

「高浩くんがRailwayにきたとき、私が縫っていたうさぎちゃんのぬい
ぐるみのことよ」
「ああ、そういえばそんな事もあったな。何か随分昔のような気がする」
「まだ一週間しか経ってないのに、高浩くんはすっかりお馴染みになった
わね」
「いや、それはどうだかわかんないけど……そのぬいぐるみは遊花の
だったのか」
「うん」

頷いたのは遊花だ。今は座っている高浩の腰にしがみついてしゃが
んでいる。頭が動く度にピコピコ揺れる二つのしっぽが、かなり鬱陶しいが
もう放っておくことにした。

「待っててね。みょこちゃん連れてくるから」

ふたえはそう言い、厨房から見えなくなった。もともとそんなに背が高い
わけでもないのだが、しゃがんでしまえば客席からは全く見えない。

ぬいぐるみは厨房の、冷蔵庫横にあるダンボールにたくさん入って
いる。全て修理の依頼を受けたものだが、取りに来なかった子もいるとか
で、増える一方だとか。返してあげたいが、引っ越してしまったりして
どこにいるのかわからない子もいるという。

「みょこちゃん出てきたら、遊びに行こうね」
「まるで刑務所から出所するようだな」

遊花と高浩が、まるで違う思惑の中待ちかまえていると。

「あったわ」

ふたえが厨房から顔を出した。

「はい。これよね?」

遊花がやっと足から離れてくれた。高浩もようやく自由に食事が出来る。

カウンター越しに差し出したウサギのぬいぐるみ。それを小さな遊花は
背伸びして受け取った。が、

「あれ? 汚れてる……」
「え?」
「ここ、背中の所。汚れてる。ほら、おにーちゃんこれ」
「……確かに、埃汚れっぽいのがついてるな」
「本当に? そうなの。ごめんなさい。あっ、そういえばあの時……」

ふたえが思案顔で斜め上を見上げる。

「高浩くんがうちに来たとき、私、驚いてみょこちゃんを落としちゃったん
だったわ。その時に汚れてしまったのね」

ふたえはカウンターから出てきて、しゃがみ込んだ。
遊花の手元を探り、みょこちゃんに触れる。

高浩は、食事の手を止めて『?』と疑問符を浮かべた。
あれは……?

不思議だ。なぜそんな事になっているのかわからない。

しかし事実……。

「ごめんなさい。すぐにお風呂に入れて綺麗にするわ。でもドライヤーを
使っても、乾くまで二~三時間はかかってしまうわね」
「じゃあ、待ってる」
「ありがとう。良い子ね。それじゃあ、早速お風呂に入れましょう」

高浩がその理由に気づくまで、事態は待っていなかった。
話が決着してしまう。ふたえはぬいぐるみを抱きしめて厨房に戻り、
遊花は振り返る。

「というわけで、おにーちゃん! 3時間ぐらい時間が出来たから
遊ぼー!」
「いや、だから仕事が」
「私からもお願いするわ。申し訳ないんだけど」

ふたえが、厨房の向こうから。

「私の不注意で遊花ちゃんを待たせるのは悪いわ。仕事の一つだと
思って、待っている間は遊花ちゃんのお相手をしてあげてくれない
かしら」
「いいです……けど」
「そう。どうもありがとう」
「でも、それ」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「これですよね」
「はい。ありがとう。歩いてふんづけちゃったら大変だから、歩け
なくて。汚れてない?」
「ええ。大丈夫ですよ」

ぱぱっ、と、高浩は手早くぬいぐるみに付いた砂を払った。
ふたえに気づかれないように。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


一週間前の会話を思い出す。

そう、そのぬいぐるみは確か。
あの時にはそんなに汚れていなかったはずなのだ。

だから、その後に汚れているのはおかしい--

言いかけて言葉を止めた。

ふたえがひとつ、ウィンクをしたから。

「(そうか……)」

遊花に手を引かれながら、高浩は嘆息した。

相手に断る口実を与えないってのは、卑怯じゃないか?


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


みずほは風を感じていた。

小脇に抱えた通学バッグの中には、参考書と問題集。テキストが
入っている。

ゆるやかに風になびく髪を抑えながら、じわりと考えていた。

「そうよ。断る口実を与えなければいいのよ」

独り言だ。

そういう事は誰かに言えばいい。独り言には意味がない。
しかし電話はもう意味がない。既に手は打った。手を尽くした。
その結果、こうなっている。

みずほは風を感じている。ゆるやかに吹く風。
常葉町の海岸。砂浜を走る風。持ち上がり、崩れる波。
グレーに染まる砂。

みずほは一人だった。一人だけ。夏休みの宿題を抱えたまま、たった
一人。砂浜で、海を見ていた。

いつも部屋の中でゲームをしているだけの日々はもう遠い。昨日ぐらい
遠い。無情だ。黙っていても今日という日はやってくる。

「万里はなんか母親と実家に行っちゃって今日は戻らないし、私は
私で家に戻れないし」

家にいたら、家を追い出された。
さすがに補習をブッちぎってゲーム徹夜していたら激怒した母親に
家の外へ放り出された。

夏休みの宿題をやってくるまで帰るなとのこと。
みずほはすっくと立ち上がり、大声で海に叫ぶ。

「帰るなって言われても、どこに行けばいいってのよあの鬼ババァー!」

家出? いや、家出ではない。
よくあるタイプの制裁とかそういうものなんだ。

「第一、『宿題が終わるまで』ってのがミソよね。終わるわけがないし。
まるでわかんないんだから」

再びみずほは砂浜に腰を下ろした。

「困った……。みゃーこは札幌に帰省だし、はるたんは旅行行ってるし、
他、基本的にバカばっかだし……休みの初日に宿題を片づける変態の
万里は、こういう時に限って不在だし」

友人連中は全滅で、頼みに出来る人もいない。
いや……。

「先輩に聞こうか……」

ふと、思い立った。一瞬よぎった科学的なんとかの天才とかよくわから
ない変人の方ではなく、お寺の娘で賢くしっかり者の人のことを。

「吉野先輩のほうに」

一応、ちょっとした面識というか恩みたいなものもある。

「……」

なんとなく、気乗りしなかった。
みずほは気乗りしないことは、徹底的にしない。直感的に避けたい
物はなるべく無視する。興味が湧いたならとことん突っ込んでいく。

砂の表面をならして、右手の人差し指でぐりぐりと字を書いた。

『LO』

「……うーん」

描いたアルファベットの下に、付け足す。

『VE』

「……」

かなぁ。

「……。先輩、何かおかしかったけど、もしやこういうことでは」

先日、高浩と吉野千歳がデートをしていた事を思い出す。
難攻不落の吉野千歳。
マイティガードの人。
鉄壁。

まさか崩れてしまったのだろうか。
今まで、誰一人として吉野千歳と付き合った男はいないというのに。

あの男。有沢高浩が。

「ありさわ……たかひろ……」

砂に、文字を書いた。高浩。何となく漢字が思い出せないので
ひらがなで書いた。

翼を持つ人。有沢高浩。

父と同じ翼を持つ……。

「子供の頃には誰にでも見える。大人になると見えなくなる。意志と
夢を形に出来る、力を持つ人の背中に見える翼……」

木桧みずほには、未だに見える。翼と言うが、実際には白いもやのような
見方によっては背後霊のようなものである。
よく霊視できるとか言う人がいるが、そういう人は大概、翼を見ているだけ
なんだろう、と、みずほは思う。

子供の頃には誰でも見えていたはずなのだ。
見えなくなってしまうのは、大人になったからだ。

私はまだ子供?

それはよくわからないが。

「……」

砂に書いた文字は、結果的に『たかひろLOVE』になっていた。
なんとなく赤面する。アホか。

「だめだめだめだめ!」

砂をばたばた叩いて散らす。文字はぐちゃぐちゃになって消滅した。
意味を成さない。まるで独り言と同じように。

「先輩には聞けない。ってことはもう、Railwayに行くしかないじゃない。
高浩なら東京で勉強してるんだし、そういえばあいつも宿題を休みの
序盤に片づけてる変態だし」

翼を持つ人だ。
有沢高浩は、みずほの父親と同じ……。

いつかその意味を知る日が来るのだろうか。それとも来ないのか。
よくわからない。わかるはずがない。

ともかく、奴に会ってみないことにはどうしようもない。

みずほは立ち上がった。グレーのスカートのおしりのところについた砂を
叩いて、よし、と気合いを入れ直す。


Railwayの玄関にたどり着いたときは13時過ぎ。



翼はもう、羽ばたいている。



(21)終

(22)へ続く
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