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Way to the BLUE 22話

(22)



「いーわよそんなもん。面倒くさい」

彼女はそう言い放ち、ジョッキの中に並々と入っていたビールを
ぐいぐい減らしてゆく。

どん、とテーブルの上に置かれたジョッキを、木桧美砂は半眼で
見下ろした。早い。何もかもが早い。早すぎる。


ショートカットのちょっと茶色がかった髪。
すっきりとした身体に細い輪郭。薄い唇。狐っぽい目。その瞳はやや
赤みがかっていて、それは生まれつきらしい。
炎のような目、というのはこういうものを言うのだろう。

「あれ、空じゃん。今ビール持ってくるわ」

早すぎる。

4本目の瓶ビールを持ってこようとする彼女に、木桧美砂は呟いた。

「楓。飲み過ぎよ。少しは控えなさいよ」
「美砂さん。こんなん水だって」
「水じゃなくてビールだから」
「水みたいなもん」
「昼よ今」

彼女は店のカウンター内に入り、冷蔵庫から瓶を取り出した。

その通りに、今の時刻は12時過ぎであった。
ある店の中である。木造家屋の一階を改装した、様相は居酒屋だが
一応カラオケパブとかそういうものであるらしい。その店は、もちろん
この時間は開店していない。『スナック楓』という安直な名前の店。
彼女はそこのマスターだった。

スコン、カララン、と、小気味良い音を立てて瓶ビールの栓が飛ぶ。

「昼間から飲むなって? なんで昼間飲んじゃダメなのよ。大体ね、
夫婦中睦まじい美砂さんに『再婚しないの?』とかくっだらないこと
聞かれたら飲みたくもなるっちゅうのよ」

言いながら、テーブル席へと戻ってきた。ソファーに腰掛ける。

「楓」
「ああはいはい。すんませんねー」

たしなめるように、美砂が名を呼ぶ。

牧野楓。彼女は、両手を広げて肩をすくめて見せた。

「でもさ、もう4回も結婚したのに、まだ結婚しろって言うわけ?」
「子供達には良いお父さんも必要でしょ。だいたい楓、あなたまだ
29歳でしょう? 考えたっていいんじゃない?」
「『もう』29よ。オトコなんていなくたって子供は立派に育つの。母親の
背中を見ながらね」
「それが心配なんだけどね……一番」

率直に、美砂は感想を言った。

牧野楓は美砂の友人である。少し歳は離れているが、歳差のある
姉妹のいない美砂にとっては妹のように可愛い人間だ。
牧野楓。

「美砂さん。誤解してるみたいだけど、あたしはあたしの価値観で
まっ正直に生きてるだけなんよ。誰にも否定される筋合い無いわけよ。
それが例え美砂さんでもネ」

彼女はおおむね普通とは言えない人生を歩んできたが、何年か前に
常葉町へとやってくる。
二人の子供を連れて。

彼女の実家は常葉町で銭湯をやっていた。15歳の時に、当時高校生
だった恋人の子供を身ごもり、勘当されて家を追い出された娘が楓だ。
子供二人連れで帰ってきたとき、彼女の両親は全く叱らなかったという。
結局は……

結局は、常葉町を捨てる。あの時はわからなくても、いずれ。誰もが、
そうする。遅かれ早かれ出ていくのだ。あらがう者もいるが、少数だ。

「でも改めて言われると、実感ないわぁー。29かぁ。来年は30かぁ」

牧野楓は早くに帰ってきたのだ。まだ人生を、いくらでもやり直せるときに
彼女は両親の元へ帰ってきた。9年間ほど連絡しなかったことで、父親に
殴られはしたが。親とは身勝手なものだと楓は言う。

そして、親とは無条件に子供を愛せる存在だとも楓は言う。

「遊花も14だもんねぇ。そりゃあたしも歳取るかぁ。美砂さん若いよね」
「年上にお世辞言うような愁傷な子じゃなかったと思ってたわ。楓は」
「お世辞じゃないのに。うちのお店で働けば? 美砂さんは全然
いけるよ。マジで。洋服のセンスもいいし」
「遠慮しとく。手の掛かる子育ててるし」

楓は一人で常葉町を出てから、ずっと札幌にいた。
生まれた子供は異常な未熟児で、しばらく病院から出られずにいた。
その間三ヶ月。いろいろあってどうにかまともな赤子になった娘に、
遊花という名前をつけた。名前は、病院で知り合ったある人から
貰ったものだ。

それから。何年かの時が過ぎ。
何人かの男を好きになり、しかし何も上手くは行かず。
生活に行き詰まった彼女は、常葉町の実家に戻ってきたというわけ
だった。

どこにでもよくある話である。

常葉町に出戻りする形で戻ってきた楓は、美砂とすぐに打ち解けた。
それは美砂が札幌に住んでいたことがあるという理由もある。
そして、楓の子である遊花の名の由来に、多少の因縁があったのも
含まれる。

「おまけに生んでないけど子供増えたし」
「琢男君?」
「うんうん。琢男はねー、まー、あんなんだけどさあー。かわいそーな
わけだよ。父親もロクデナシで、母親もロクデナシ。一応引き取った
父親はギャンブル狂で、琢男はそりゃグレるぐらいしかねーっしょー」

北海道訛りのきつい話し方で、楓は昔を思い出すように見上げた。

「何度学校に呼び出されたかわかんないし。そりゃもう土下座だよ
土下座。でも教師が、琢男の性根まで腐ってるっていう話をしたときは
キレたけどね完全に。『あの子のしたことは謝ります。でもね、あの子の
人間性まで否定する権利がテメーにあんのかよ!』ってね」

その後、暴力事件の大半は、妹となった遊花がらみの事だと解った。

「私も、琢男君はいい子だと思うよ。見た目は一昔のマンガみたい
だけど。楓についてきたのも、良かったと思うわ」
「いーのよ見た目なんて。オトコは心。あとは強さかなー」
「だから、そういう条件に見合った旦那探しなさいって」
「もうー、無理だって。美砂さんがどう言おうと、あたしは結婚しないよ」
「なんで」
「遊花がなつかないでしょ。ま、琢男もね。あたし惚れっぽいけど、もう
遊花にあんな可哀想な思いをさせたくわないわ。若くもないし」

グラスを傾け、店内を見やる。狭い酒場だった。
これも実家が手回しして用意してくれた店である。銭湯は母がやって
いたり、遊花や琢男が手伝っているからいい。
楓はこの店を、一人でやっていくつもりだ。札幌にいた頃には借金も
作ってしまったが、それも売上で地道に返す。
そこまで実家に頼れない。そして、男なんて作っている暇もない。

「琢男はまだいいのよ。ああ見えてあたしがスキなら納得してくれる
から。頭良いのよね。でも遊花よ遊花。あんな人見知りする子は
ちょっと他にいないわー。特に男はもう、睨みつけるし避けるし」
「それは過去の旦那のせい?」
「まぁねー。遊花はあんなんだけど、色々あったから。人間不信が
ひどくてひどくて」

ぐいっと、ジョッキに注がれたビールをあおった。グラスが空になる。
楓は複雑な表情で、グラスを見つめた。

「遊花が気に入る男がいれば、あたしだって考えてもいいわよ。
でもそんな男、いるわけないでしょ?」

それもそうか、と美砂は頷き、冷たいコーラを一口飲んだ。

遊花という子をよく知っている。ある意味では、彼女の娘よりも
その子の気持ちは計り知れない、と。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「タカピーのほうがいいの? おにいちゃんのほうがいいの?
どっちか決めてくんないと、安心して遊び倒せないよ」
「どっちでもいいから、しがみつくのはやめてくれ」
「えーじゃあ、お兄ちゃんって言うとおにいちゃんと区別できなくなっちゃう
から、タカ兄ちゃんって呼ぶ」
「何で候補が増える」

ずるずると遊花をひきずりながら、高浩は呻いた。別に呼び名がどう
なっても構わないのだが。

有沢高浩と牧野遊花はRailwayを出て、海岸沿いを歩いていた。
遊花のものとなってしまった倉庫で遊ぶために。

「じゃあおんぶして」
「なんで!?」
「だって遊花、お父さんとかにおんぶしてもらったことないんだもん」
「してもらえよ。俺はお父さんじゃないんだから」
「してもらえないもん……。いないから」

そう言うと、遊花は瞳を伏せる。

「いないって?」
「生まれたときからいないもん」

二つに結んだ髪を、左右に揺らす。見上げる小さな瞳は微かに
潤んでいるように見えた。

どういうことか。そもそも、遊花の母親はどこで何をしているんだろう。
遊花は銭湯に居ることが多いが、遊花の母親を銭湯で見たことはない。

高浩は嘆息する。

「仕方ないな。ほら」

姿勢を低くして、背中を向ける。子供を背負ったことはないが、高浩は
母親に背負って貰ったことは覚えていた。

いつだって、その事は忘れない。暖かかった母の背。母親の背中には、
子供の頃負ったという大きな火傷の痕があった。それに触れないように
していたことを思い出す。母は、その傷跡のことは話してくれなかった。

「(懐かしいな。母さんの背中……)」

思い出がある。そういう思い出は悲しくもあり、嬉しくもある。ただ、
そんな記憶もないことは可哀想だった。高浩には、遊花の家族構成など
知る由もないのだが。

「ありがとー! わーい。うれしいな」

どんっと乱暴に乗ってくる。重みがずしっとかかるが、すぐに馴れそうだった。
遊花はやはり見た目通り、軽い子だった。片手で持ち上げる、なんてのは
無理だろうが。

「おっけーおっけー」
「いいか。しっかり掴まれ」
「ごーごタカ兄ちゃん号ごー」

ぺしぺし高浩は頭を叩かれる。ちょっと振り落としてやろうかと思った。
いや、せっかくだからちょっとからかって遊んでやろうと思う。

「お客さんどちらまで」
「遊花の遊び場ー」
「倉庫ね。倉庫でどんな遊びをするのかな?」
「うわー。タカ兄ちゃん、なんか人さらいっぽい」
「へっへっへ、このまま遠くまで連れてっちゃうぞぉ」
「きゃーつれてかれるぅー」

遊花はきゃあきゃあと叫びながら笑っていた。

「……つれてっちゃ……う……」

高浩は愕然と立ち尽くしたまま、震えていた。

「……どしたの? タカ兄ちゃん号。へんたいさんごっこしないの?」

遊花が頭上から声を掛けてくる。気づいていないようだが、
高浩は左を見ていた。海とは反対側のほう。Railwayの方角に近いほう。

そこに立っている女の子を見て、声を失っていた。
まるっきりそれは不意打ちである。不運である。

「……変態さんごっこねぇ。あんたって、どこまでも……どこまでも、
あたしの目の前ではその挑発的変態体勢を解かないつもりなのね。
なるほどね」

木桧みずほが、そこに立っていた。バッグを肩に掛けて、今日も
グレーのスカートに濃紺のシルク7分丈シャツという、比較的しっかりした
服を着込んで。サイドアップ気味に結んだポニーテールで。

そして紅煉の怒りを表情に携えて。

「初めは35歳のふたえさん、次はあたし、次は先輩、そして子供……
これは即座に通報するしかないわ。そこを動くんじゃないわよ。牢屋の
中で、今度は便器でも抱かせてやるから」
「い、いや、みずほ。どっから現れたかどっから話を聞いていたかは
よくわからんが、多分、いや、9割ぐらい誤解だぞ」
「おまわりさーん!! ここに誘拐犯がぁぁぁぁ!!」
「待て待て待て!!」
「おーまーわーりーさーんー!」

慌てて遊花を地面に下ろして、彼女の元へと駆け寄る。

「ちょっと待てって! 聞けよ話ぐらい!!」

   ばっちーーーーーーーん!!


みずほが振り返った瞬間。辺りを貫くかのように鳴り響いた
重く巨大な衝撃音に、地面に座り込んだ遊花は身をすくませた。

少しだけ遅れて、糸が切れた操り人形のように、ぱたり、と高浩が
倒れる音。一連のことが全て収まるまで、残響や『うっ』というような
生々しい悲鳴なども含めて、2秒ぐらいのことである。

よく見たら、平手打ちかと思ったら何かの厚い辞書で殴ったようだった。
その結果、高浩は30分ほど気を失うこととなる。短くて良かったと
言うか、死の危険を賭したというか、考え方はまちまちであろう。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


目が覚める。

高浩は目が覚めて、ポケットの中の携帯電話を取り出した。
背中とこめかみの辺りが痛む。目の焦点が合わない。

「どこだ……」

明かりはあった。視界の中には屋根。トタンの屋根。
まるで倉庫……。いや、倉庫だ。ここは。


C62の妖精がそこにいた。

グレーのスカートと、闇に溶けるような色の服。焦げ茶色の髪。
背中の羽がそう思わせるのか。
C62の妖精がいた。

彼女はC62蒸気機関車の、最も先。フロントデッキの部分に
腰掛けて、高浩のことを見下ろしている。つまらなそうに頬杖をついて。

その背中には、真っ白い翼がゆらゆらと揺れていた。

「起きた?」

妖精は尋ねる。高浩は半身を起こした。ゴザのようなものを敷いた上に
今まで寝かされていたらしい。手が埃まみれになった。恐らく背中も
そんなもんなんだろう。

「まぁその、悪かったわよ。勘違いだったみたいだし。遊花ちゃんと一緒に
運ぶのには苦労したわ。男って、見た目より重たいから」
「みずほ……か」
「何。誰だと思ったのよ」
「妖精だと思った」
「意味わかんない。相当頭、強く打ったんでしょ」

その頭を強く打った原因は、悪びれる様子もなくそう言った。
そういえば遊花がいない。

「遊花はどうした?」
「あんたが目覚めないからRailwayに戻ったわよ。なんかぬいぐるみが
どうとか」

携帯電話を見ると、2時間ぐらい経っていた。

「起こしてくれれば良かったのに」
「何か面白かったからいーわ。変な寝言言うのねあんたって」
「俺が……何か言ってたか?」
「んー。なんだっけ。忘れちゃった」

みずほは言って、ぽん、とC62のフロントデッキから地面へと飛び
降りた。

「高浩。あんた、遊花ちゃんに気に入られたのね」
「……そうかな。いや、別に謙遜してるわけでもないけど。それが
どうかしたか?」
「……ぁあ、うん。別に。気に入られてるんだって事よ」

答えになってるんだかなっていないんだか、よくわからない。はぐらかして
いるのは明白な答えだった。

「なんだよそれ」
「別になんでもないわよ」
「……みずほは、一体どうしたんだ。2時間もここにいるぐらいなら、
Railwayに戻れば良かったんじゃないか?」
「私がブッ叩いて、軟弱にも気絶した人を放っておけるわけないでしょ」
「それもどーだろうか」
「口より先に手が出た訳じゃないから、許してくれるわよね。ほぼ同時
だっただけだし」
「悪びれないな本当に」
「知らないわよ。そんなこと言われても。性格なんだから」

飛び降りて、みずほはカバンを持ち直した。学校で使うような肩掛け
カバンである。
普段持っているのを見たことがなかったので、高浩は尋ねた。

「なんだそれ。何が入ってるんだ」
「勉強道具。宿題」
「勉強してきたのか」
「してないわよ」
「……」
「こ、これからするって意味よ」
「もう3時なのにか」
「何時から始めたって勉強の効果に変わりはないでしょ」

あると思うが。

「気絶させちゃって悪かったと思うし、仕方がないからRailwayの二階の
あんたの部屋で、勉強会してあげてもいいわよ」
「……は?」
「二度も言わせないでよ。恥ずかしい」
「……」

何を言っているのか普通に理解できないのだが。
高浩は辛抱強く、問い直した。

「……俺は別に、勉強教えてもらうような事は無いと思うんだが?」
「そう思い上がっているからあんたはダメなのよ。でかい口は私の宿題を
解いてから叩きなさいよ」
「いや、全然意味が解らない」
「その鈍感さが私のことを見くびってるってのよ」
「……頼むから、解るように話してくれ」

そこでようやく、ようやくみずほは声を抑えた。

「私と--」

  ガチャッ

言い掛けた時に扉が開く。倉庫の扉が。
そして、顔を覗き込ませてきたのは遊花だった。

みずほは一瞬そちらを見やる。高浩も釣られて、見た。牧野遊花が、
片手に真っ白く綺麗になったうさぎのぬいぐるみを抱えたまま、見ている。

「一緒に勉強しようって言ってるのよ。その……遊花ちゃんが」


みずほはあからさまに赤い顔で、そっぽを向いた。にっこりと笑う遊花とは
まるで対照的に。

そんな彼らを、
壊れた鋼鉄の機関車が、ただ、じっと見下ろす。



(22)終

(23)へ続く


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