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Way to the BLUE 26話

(26)



想い出は美化される物かもしれない。

それをまるで、毒を飲むような気分で認める。藤ノ木ふたえは、目を
閉じる。何も見えない。それは変化のない事だった。だが、今はそれを
絶望しない。

希望があるから絶望があるのだ。
希望がないのに絶望があるはずがない。

想い出は美化される。
それを認めて、それを知ったつもりにならないようにする。

ふたえは思い出していた。
目が見えなくなった日のことを。

その理由。今更、そんなことを考えたりはしない。
自分の姉は、『それ』をいつまでも覚えていた。記憶に留めたまま生き、
記憶に留めながら死んだ。

想い出は美化される。

藤ノ木ふたえを救うために、姉は一生消えない傷を負い、そして
ふたえ自身も視力を永遠に失った。

目を閉じると、ゆるやかに揺れる夏草の青さが映る。

そこに沈む夕日。駆け上がってゆくような海風。
子供の頃、いつまでも遊んだ浜辺。
ぼろぼろの廃材を積み上げて作った秘密基地。
湿っぽい土の匂い。泥だらけの膝。日焼けした肌。

想い出は美化される。
あの、遠く輝く海も、青空に輝く太陽も。果てしなく続く線路も。
全て。

藤ノ木ふたえは、床に座り込んだままで。漠然と、それを認める。

誰かが誰かを救ったあの日から、
時の歯車は狂い続ける。

それが、悔しい。悔しくてたまらない。
あの時死んでしまえば良かったのに。

もう、いい。
何一つ残らない世界の中で、美化されるだけの想い出を抱き
生きていく。ただそれだけの存在になる。

「美砂……ごめんなさい……私は、いいの……これで……」

両手で膝を抱え、ふたえは呟いた。

悲嘆ではない。
十何年も前に、自分はもう、誰も愛さないと決めた。

もう何も求めないと、そう決めた。


夜の中で、ふたえは目を見開く。何もない世界の中で、
ただ面影だけを重ねてゆく。ただ美しいだけの想い出を。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



夜のなかにいる。
靴音すら湿って聞こえるような、濃い夜風の中を高浩と、そして
小さな少女が歩いている。

「ねーねータカ兄ちゃん号」
「その呼び方はやめろ。号って」

少女の手を引きながら歩く。高浩は、疲れた頭を歩様に合わせて
揺らしている。

まるで少女のおさげ髪のように。

「タカ兄ちゃんは、お父さんとお母さん、どっちが好きだった?」
「え?」
「遊花はお父さんがいないから、お母さん。タカ兄ちゃんはどっち?
お兄ちゃんは恥ずかしがって教えてくれないけど、お母さんだと思うよ。
ねーねー、タカ兄ちゃんは?」
「……母親、かな?」
「やっぱそうなんだ」
「……」

そうなんだろうか。

高浩はその答えに、自分自身で疑問符を打った。

「いや、やっぱ違うかも」
「なんで?」
「理由っていうか、どっちも好きだよ」
「そんなわけないと思うけどなー」
「いやいや、そうだって」

小さな子相手に何度も肯定する。何か必死に見えて嫌だ。
そもそもそんな疑問を持った事なんて、殆どなかった。

「遊花はどうして、父親がいないんだ?」
「うん。離婚しちゃったんだって」
「そうか。いつ? お父さん、知ってるのか?」
「会ったことあるよ。その、なんか小学校とかのあれとかで、よく
来てたけど。お母さんもそんなに別に。でも、よくわかんないし
怖い。男の人って、なんかみんな怖いし嫌い」
「俺も男だけどな」
「タカ兄ちゃんは大丈夫。あと、お兄ちゃんも大丈夫だよ」

遊花のお兄さんと同列に大丈夫というのは、少々気になるところ
だが。家族同然に思ってくれているという受け取り方で、はたして
いいものだろうか?

「タカ兄ちゃんも、きっとお母さんが好きなんだと思ってた」
「いや、何でそう思うんだ?」
「だってさっき、ふたえさんがタカ兄ちゃんのお母さんの話をしたとき、
タカ兄ちゃんすっごいキラキラしてたから」
「……キラキラ?」
「うん。キラキラキラキラー」

そんな風に見えたのだろうか?

「タカ兄ちゃんは大丈夫。だってわかるもん。すっごくいい人だよ。
遊花はね、いい人は見てすぐわかるんだ。あれこれちゃんと」
「そう思ってくれてるなら、作戦勝ちって所かな」
「もうちょっと遊んでくれたらもっといい人になれると思う」
「また今度な」
「遊花、タカ兄ちゃんとだったら結婚してもいいよ」

繋いだ手を、思い切り引っ張ってしまいそうになる。
足が止まりかけて、思いとどまった。それはもちろん、動揺したから
である。

「子供がからかうなよ」
「お母さんは人を見る目がないから、変な人と結婚してすぐ離婚
しちゃうんだもん。遊花は違うよ。いい人が誰か解るもん。タカ兄
ちゃん、あと2年待っててくれないかなぁ」
「待たん待たん」
「そんなにみずほちゃんがいいの?」
「なっ……」

何か、ぞわっと総毛立つような感触が身体を走る。
思わず、今度は堪えきれずに手を離した。いきなり立ち止まった
高浩に少し遅れて、遊花も立ち止まる。

「あれ? そんなに慌てなくても」
「慌ててないよ!」

大慌てで叫ぶ。子供にからかわれるのは慣れてない。
そもそも、意外だった。高浩は木桧みずほのことを、少なからず
『つきあいにくい相手』として見ていたつもりだった。

「そんなことは断じてない。みずほは、友達っていうか、知り合い
みたいなもんだ」

言ってから、歩き出す。遊花はまた隣に並んで、高浩の手に
しがみつくようにくっついてきた。暗くてよく分からないながら、
ニコニコと微笑んでいる。

「そうなんだ。じゃあ、遊花と結婚だね」
「いやそれもないし」
「おっぱいおおきい方がいい?」
「どっちでも……いや、そうじゃなくて。何を言ってるんだ」
「多分遊花もおっきくなると思うんだけどなぁ。今ぺったんこだけど」

自分の服の胸元を、開いた右手でパタパタとつまむ。
確かに何もないが、それはまだ中二なのだからおかしなものでもない。

「お母さん、おっきいもん。遊花もおっきくなったら、おっきくなるよ」
「肝心なところは遺伝しないのが世の常だよ」
「絶対なるもん」

可愛らしいふくれ顔で、遊花はそっぽを向いた。その表情に、思わず
笑ってしまう。

「そうだ。遊花のお母さんって、どんな事してるの? 会ったこと無い
んだ」
「遊花のお母さんは、牧野楓。カエデ。お水とかいうの」
「おみず?」
「お酒をなんか、作ってお話するの。男の人と」
「ああ。飲み屋の人か。だからさっき、みずほのお母さんが遊花の
お母さんのお店に行くって」
「うん。美砂おばさんはよく来るから。お酒は飲まないからお昼とか
ちょこちょこ来るよ。お酒飲めないんだと思ってた」
「綺麗な人なんだろうな」

思ったことをそのまま口に出した。遊花のように目鼻立ちの整った子を
生むのだから、母親も相当な美人に違いない。

「会ってく?」
「え?」

遊花は、まるで友達の家にでも行くかのような気軽さで。

「お母さんのお店。『スナック楓』っていうの。そのまんまでしょ?」
「いや、子供なんか行ったら迷惑だろう。おじいちゃんの所に帰る
んじゃなかったのか?」
「帰り道の途中だから。お母さんも、タカ兄ちゃんに会いたいんじゃ
ないかなぁ」
「なんで俺に」
「なんかこう、そういう感じなの」
「わからん……」

代名詞の多い遊花の言葉に引っ張られながら、高浩は歩く。
先の方を指さして、遊花は声を上げ、そちらへと高浩を引っ張った。

「おい、本当に行くのか」
「いいっていいって。お勉強教えてくれたお礼とかだから」
「絶対、おかしいってそれ」

まるで釈然としないまま、高浩は古風なネオンの光る店の前まで
足を進めた。というより、引きずられた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


カランカラン

レトロと言ってもいいドアベル。店内はさらにレトロ、というかお粗末で、
どこかその雰囲気は、学校の文化祭を思わせる。

テーブルとソファーは見るからに安っぽく、カウンターテーブルの色調も
どこか軽い。それは照明のせいだと気づいた。
普通はどういうものか知らないが、シックというよりはただ古くなって
照度が落ちたか、埃が溜まって暗くなった間接照明のせいだと思う。

致命的なのがテーブルの色だった。毒々しい赤。高揚感も浮かば
ないような沈んだクリムゾンレッド。1980円で買えそうだ。

そこに、信じられないことにお客がいた。一人だけ。
そしてカウンター越しに談笑している美貌の女がいる。

その一人の客というのは、高浩も知っている人だった。配達で向かえば
よく顔を合わせる。40過ぎの、稲作農家の人だった。
名前は確か秋本だったか。

秋本(客)と、テーブルの色に似た赤を身に纏った女が振り返る。
女には、その赤は似合っていた。少し陽気そうな、ショート茶髪の女性。

「あら、遊花。どうしたの。こんなに遅い時間にさ。ばーちゃんのとこ
戻ってなさいよー」
「お母さん、この人知ってる?」

遊花が、繋いだ片手を振り上げた。楓という女は首を横に振る。

「知らない。どちらさん? 遊花を食べちゃう悪い坊や?」
「食べるの?」
「食べません」

母親そっくりの笑顔で尋ねる遊花に、真顔で返答する。

「有沢高浩くんだろ。ほら、Railwayの」

自己紹介するまでもなかった。農家の秋本さんが、酔った赤ら顔で
笑いながら答える。何が楽しいかわからないが。

「ああ、ちょっと前に話してた? あの子? へー、なっかなか美形
じゃん! なんなの遊花。男連れで夜出歩くなんて、悪い子に
なっちゃったわねー」

一週間ほどの配達だけで、高浩のことは町内のいろんな人に
伝わって知られていたのだ。元々、このぐらいの規模の小さな町に
見知らぬ人間が現れたら、何日かで顔は知れる。

正直、高浩はどこに行っても『Railwayの居候』として有名だった。

有名であることは、この町では当たり前のことのようだが。それにしても、
最初は面食らったものだ。行く先々で名を呼ばれるのだから。

「やっぱ都会育ちは顔が違うのよねー。マジでこう、イモっぽくないの」
「俺ぁダメって事かよ楓チャン」
「だめだめ。アッキーさん全然ダメだもの。今時の人はスマートなの。
ITとかなのよ? ケータイメールの送り方も知らない男なんて」
「ケータイ? 電話しかわかんねぇ。メールアドレスって奴だろ。ある
けど、ハハハ、よくわかんねぇから、送れねぇし。電話あればいいさ」
「もー、ホンット向上心ないわねーアッキーさんは」
「教えてくれよ楓チャン」
「やーよ。酔った人に教えたってすぐ忘れるでしょ。あ、ごめんごめん。
そこ座ってよお兄さん。そこ。ソファー。遊花、これ。コーラ持ってって
注いでやりなよ」

ぼーっと立っていた高浩を気遣って、席を勧める。楓に、手を振った。

「いや、俺はすぐ帰るんで」
「何ー? せっかく来たのにもう帰っちゃうの? 別に金なんか取ら
ないから、コーラ二本ぐらい飲んでいけってー」

二本は多いと思うが。

「そうそう。飲んでいけってー」
「真似するな」
「遊花が注いだコーラが飲めないってのかー」
「……」

仕方なく、どうも塩梅の悪いソファーに腰を下ろす。
塩梅が悪いっていうのは、要するにソファーのスプリングがどこか
狂っていて、変な感触があるということだった。

隣には遊花が座る。カウンター裏から、冷えた瓶コーラを本当に
二本。そして、グラスが二つ。

場末感ありまくりのスナックで、14歳の子にコーラを注がれた
経験が、他の誰かにあるのだろうか。高浩は完全に嫌な気分に
なりつつ、キンキンに冷えたグラスに手をつけた。

白く曇るグラスの中の黒い炭酸飲料を、ほんの一口。
そして、隣からよく通る、高い声が聞こえる。

「タカ兄ちゃん、遊花が注いだビール、おいしい?」
「……あ、ああ」
「じゃあどんどん行こうね。つーふぃんがーで」
「何がだ」
「お、兄ちゃんツーフィンガーとは通だな」

秋本がそんな事を言ってくる。よくわからないが、からかわれて
いるらしい。高浩はため息をついた。

そんな彼を、じっと見ている。楓。
母親の目というより、どこか驚いたように。美貌を苦笑させて。

「遊花と仲がいいのね」
「すみません」

怒られていると思い、高浩は頭を下げる。

楓はちょっと面食らったような顔をしてから、首を横に振った。

「別に悪い事じゃなくて、いや、むしろめっちゃいい事よ。遊花が
なつくんだったら、アンタ相当いい奴なんでしょ?」
「……」
「へー。いやいや。ふーん。遊花がねー。へぇー。君、名前
なんだっけ?」
「有沢高浩」
「有沢高浩。タカちゃんは……お客さんでいるから、ター坊に
しよう! ター坊。いー名前でしょ。みんななかよしっぽいし」
「……」
「ター坊、娘と仲良くしてやってよ」

秋本の空いたグラスに、ウィスキーを注ぎながら。
楓は優しい声で。

「遊花、見ての通り人見知りだからさ」

高浩は、少なくとも仰天した。
遊花が人見知りなどと、思ったことは一度としてない。遊花は
誰とでもすぐに仲良く出来る子だと思っていた。

そして、開いたもう一つのグラスにもウィスキーを注ぐ。
カウンターの向こう側で、牧野楓はグラスを傾ける。

その楓に、高浩は尋ねた。

「……あの、俺の母さんを知ってますか?」
「え? いや、誰?」
「藤ノ木ひとえって人です」
「ああ、ふたえさんのお姉さん? あたしはよく知らないわ。美砂さん
なら知ってると思うけど」
「そうですか」
「どうしたの? お母さんの事って」
「ちょっと知りたかっただけです。聞いてみただけです。すみません」
「それなら、ふたえさんに聞けばいいんじゃないの?」

それが聞ければ苦労もしない。
高浩は苦笑して、コーラをもう一口飲んだ。

「あー、そうだ! お母さん、美砂おばさんにお酒飲ませた
でしょ!?」
「飲ませてないわよ。飲んでたのはア・タ・シ」
「おばさん酔っぱらってて、ひどかったんだよ。荒れてて」
「ありゃりゃ。本当に。どーこでひっかけてきたんだろーね。何か
酒癖ワルイとか自分で言ってたけど、その言いようだとホントぽい
のかね?」

高浩は苦笑いする。全く、その通りだった。
遊花は何か黙考するようにうつむきながら、うんうんと頷いている。

「ふたえさん、怒らせちゃったの」
「えー、あんな穏やかな人を。怒っても人形縫ってそうなのに」

それもちょっと失礼ではないかと思うが。

しかし高浩は笑ってしまった。悪意があるない関係なく、楓の物言い
はひどくさっぱりしている。それはどこか中性的で、ほっとする。
可憐な声だが、ほんの少し子供っぽい。危うげな艶やかさで、
ヴィヴィットという言葉が似合っている。

きっと頭の回転が速く、直感的な人なのだろう。それは遊花も
特性的に持っている。

「ふたえさんみたいな人、怒らせたら大変よ? ター坊、これから
Railway帰るんでしょぉ。まぁがーんばってねー」

軽い。

「帰ります」

高浩は、いい加減に立ち上がった。居心地の悪さは消え去り、
むしろこのまま、話していたい衝動にも駆られたが。

「今度はゆっくりしていきなよ。良い男少ないからさ。この店の客」
「ひでーなあ。俺がいるだろお」
「はいはいアッキーさんはさっさと奥さんと離婚して慰謝料払ったら?」
「楓チャン、別れたら付き合ってくれんの?! 乗っちゃうよ俺」
「アッキーさんが乗るのは、あたしじゃなくてトラクター♪」

笑顔でかわす楓。その話を聞きながら、高浩は軽く会釈する。
実家である銭湯まであと数百メートル。治安の良い常葉町なら
送っていかなくても大丈夫だろう。

残りのコーラを、遊花の目の前にあるコップに注いでやる。
そして立ち上がった。

「飲んでいいぞ。今日は勉強頑張ったから」
「わーい。おやすみ、タカ兄ちゃん」
「おやすみ」

眠くなれば、遊花は勝手に帰るだろう。
高浩は店の中程で、また楓を見た。

楓も、高浩を見返す。その目が、何かを物語っているような気がする。

髪の色に似合わない、澄んだ瞳。
整った顔立ちに、どこか憂いを帯びて。しかし努めて明るく。

「また来なよ。用があっても、なくてもさ」

そのままの視線で、遊花を見る。
無邪気そうに笑うその子を。

それは……親子ともどもに懐かしさを含むような、その目は。

そう。もしかしたら。
もしかしたら……。



高浩は想像し、そして吹き出しそうになりながら。
店を出て、そしてRailwayへと帰る道についた。




(26)終

(27)へ続く


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