携帯ホームページ

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

Way to the BLUE 33話

(33)


そこは、いつも風が吹いている。

豊かな緑の景色をすり抜けて、頬に届く風。優しい温もりを
抱えたままの風。変化しつづける無定型の力。色を欠いた中に存在
する有。揺らぎの中に存在する安息。

吉野千歳は『高永寺』の境内にいた。

おおきめの竹ぼうきを持ち、ザッ、ザッ、と石畳の砂や、風に
飛ばされて散ってしまった葉、小枝を集めては、ちりとりで
袋の中に捨てる。

朱色の法衣。輪袈裟を掛け、いつもと変わらない格好であるが
その事に不平や不満を持ったことはない。僧は、変わらない
ものである。時代や世俗によらず、姿には多少の変化があれども
その道は正道にして不変である。終わることもなく、始まることもない。
精神は永久に、変化せずにその形を保ち続ける。

舞い上がる木の葉とは違う。風とは等しい。姿は変わる。
姿は変われども、その概念や精神は不変。

「……そのはず……だった……」

地面を擦る竹ぼうきの音が、唐突に止んだ。『し』の字にしなった
ままの形の竹ぼうきを千歳は見下ろして、そして……嘆息する。

わかっている。

沸騰するようにぐらぐらと揺れる心の底に。そこに何があるのか、
少しはわかる。わかっている。わかっているつもりだ。

……

「(……いや、わかってない……)

自分の心の中に、何があるのか。それが……。
わかるようでわからない。わかっているつもりでいるだけだ。

すぐに否定したのは、きっと若いからだろう。
父親などとは違う。
解っていなくても否定できない大人とは違う。

心がざわめく。

「(卑しい……)」

呟きかけて、やめる。ずっとそうだ。ずっと繰り返している。
この境内に吹く風のように、強く、時に弱く。

千歳の髪の毛が、流れるままに流される。風に舞う黒髪が
ちぎれ飛ぶ神吹雪のように跡形もなく吹き飛んで……
しまうような。

そんな幻想さえ思い浮かんでしまう。

千歳ははっとして、視線を上げた。

たなびく髪を撫でつけて、視界の中に飛び込んでくる景色を細目で
見つめる。

階段を上がってくる人影が見えた。人影は最上段を踏みしめると、
笑顔を浮かべて手を振った。

風が吹く。

わだかまりを全て洗い流すように。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


時間は少しだけ遡る。

「あははは」

Railway。昼前のその店には、ぽつぽつと単調なリズムで訪れる
お客のほかに二人。
楽しそうに昔話をする女性がいる。

窓越しに映る夏の空には、大きな白い雲が浮いている。その白さは
雪の色のようだが、外気はじわっと汗を滲ませるような暑さである。

「でも北海道も暑くなったわ。前はこんなことなかったのに」

西倉智香はアイスカフェオレをストローですする。
冷えたグラスの表面できらきら輝く水滴。カラン、と音を立てた四角い
氷は、干潮の岩のように茶色くなった姿を晒していた。

「はゃ、そうなの。智香ちゃんはいいね」

智香の向かいに座った澤 絵理菜……いや、月方絵理菜は笑顔の
ままで、ほにゃっと話す。相変わらず。昔から変わらない雰囲気で。

その肩の辺りに、モモンガが乗っている。代替わりしたはずだが、
モモンガは絵理菜に非常によく懐いていた。

「なんで?」

智香が聞き返すと、絵理菜は。

「暑かったら涼しいところ行けるもんね」

智香は頷いた。

「ああ。避暑? アイスランドとか涼しいわよ。温泉もあるし」
「アイスランドってどこ?」
「イギリスの北西……グリーンランドの東……」
「根室あたり?」
「いや海外だしアイスランド。根室は島じゃないし」
「がいこくなんだ。ディズニーランドとか三井グリーンランドとか
テイネハイランドとかそういうのだと思った」
「そんなとこが避暑になるわけないでしょ。相変わらずボケまくり
ヌケまくりでひどいもんね絵理菜は。よくそれで一児の母とか」
「生んだってことにしなければあんまりめんどくさくない」
「いや何とんでもない事言ってんのサラッと」

絵理菜はちょっと考えるような仕草をして、それから右手でピース
サインを作った。

「がんぼう」
「いや願望って」
「お母さんはしっかりしてないとダメだってみんなに言われるけど
それはむりだ。だから絵理菜はお母さんやめとくことにする」
「ピースしながら言う事じゃないでしょ」
「ぴーすぴーす。絵理菜だけは世界で一番平和だって万里ちゃんに
言われた。そういえばね、前に万里たんって呼んだら怒った」
「浩樹はよくこれとマトモに会話してたわね……」

だいぶ疲れつつ、智香はテーブルの上の飲み干したカフェオレの
グラスを脇にずらした。白い紙のコースターに、水滴が滲んでいる。

ふたえはRailwayの厨房にいる。

先ほど店に入ってきた、近所の老人が注文した軽食を作っている
ようだ。それまでは会話の輪の中に彼女もいたが、今は智香と、
そして絵理菜だけが話をしている。

「……聞きたかった事」

智香は、窓の外の雲を眺めながら呟くように言った。

「?」
「あたしが聞きたかったことは、現在よりも過去なのよ」
「はゃ。絵理菜はあんま忘れてるけど、なんでも聞いて」
「忘れてるのに聞いてもダメでしょ」
「がんばる」
「ああそう。いやまぁ、大したことじゃないけど」

窓の外に浮かぶ白い雲。空の青さ。それは記憶と何ら変わらない。
ただ、不思議とあの頃よりも暑くなっている。

それが過ぎ去った年月の証なのだろうか。

いま、この町は変わりつつある。

やがて常葉町という名を失うこの場所に、一時でも生きた軌跡を
残しておきたいと思う。それはワガママだろうか。

智香は声を潜めた。

「浩樹がひとえさんを選んだ理由」

しくしくと嫌な疼きが、胸の辺りに生まれる。それは喪失感という
物だろうか。有沢浩樹という名を浮かべる度に、大なり小なり
感じるやるせない想い。

智香のそんな想いには気づかない様子で、ぼーっとしたまま
絵理菜は答えた。全然配慮しない声で。

「はゃ? 浩樹君はずっとひとえさんのことが好きだったよ?」
「声が大きい」
「なんで? そんなのみんな知ってるもん。知らないの智香ちゃん
だけだよ。おっくれってるー」

とことこ首の周りを走り回るとーらを全く気にしない様子で、
絵理菜は言った。智香は苛立ったように頷いて。

「そんなのあたしだって知ってるわよ。あたしが聞きたいことはそういう
事じゃなくて……あの……だから、あたしは、選べないと思ったのよ」
「はゃ?」

意味が解らないというように、首を傾げる絵理菜。

「選べないって?」
「ふたえちゃんとひとえさん、どっちかなんて選べないと思ったの」
「うん」
「うんってなんなのよ。あたしは心配してたんだから。浩樹は二人の
幼なじみで、姉弟みたいに育って。浩樹はひとえさんが好きで、
ふたえちゃんは浩樹のことが好きで。幼なじみの三角関係なんて
こじれるに決まってるし」
「浩樹君、いくじなしだもんね」
「そーよ。あいつ根本的に偽善者だからひとえさんをスパッて選ぶ
なんてできるわけないじゃん。ふたえちゃんも浩樹に選択を迫る
よーなこと絶対しないでしょ。ひとえさんもひとえさんでふたえちゃん
が浩樹のこと好きだったの知ってるんだし」

釈然とはしない。
厨房に立っているふたえをちらっと見た。聞こえているのかもしれない
と考えたが、ふたえは特に気にしている様子もない。聞こえていない
のだろうか?

「はゃ、あんま覚えてないけど、浩樹君は絵理菜のことも好きだよ。
とーらちゃんも好きだよ」
「いやなんか、そーゆーのは意味が違う気がするんだけど」

肩の上で寝始めたモモンガの背を、手の甲で撫でる絵理菜。
動物に好かれる才能でもあるのか。

「浩樹君はなんかつまんない。あんまり笑ってなかったもん。
披露宴とかつまんなかった。ごはんもいまいちまずい。たぶん、
だめっぽいかんじだった。別れる予感を絵理菜は感じたもん」

昼を迎えるRailway。

智香は物憂げに、窓の外を眺める。

浮かんでいる雲は白く。空は青く。しかし痩せたような色で。
問いかけを与えるのだ。

それは、なぜか、と。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


時は戻り。昼下がりである。
風は午後になり、やや強い。高台の高永寺境内はもちろん、
海から吹き付ける湿った風を受け止める形だった。それが意と
するところなのかは解らない。ただ、ここは風を迎え入れている。
確かに。

「高浩。こんにちは」
「こんにちは。千歳さん。風が強いね」

挨拶を交わす二人。

配達の途中である高浩はザックを下ろし、封筒を二つ取り出して
彼女へと渡した。町内会からの印がある。町内私文書らしい。

「わざわざすまないな」
「ついでですから」

荷物らしい荷物ではないそれは、通常の配達物とは別である。
ただ、ふたえが頼まれただけの物だ。誰からもお金を取っていない。
言うまでもなく、Railwayは郵便屋ではないからである。

「風が強いのはこれから天気が悪くなるからだ」

吉野千歳は空を見上げる。思いのほか速いスピードで流れる雲を
視線で追いかけてから。

「まもなく雨が降ってくるかもしれない」

高浩も空を見上げてみた。強い風に巻かれるように

「わかるんだ。そんなこと」
「いや、天気予報でそう言っていた」
「……あ、そう」

そんなことを言っていると。

本当に、ゴロゴロという遠鳴りが聞こえてくる。風に乗って遠くから
重苦しい音が。

風は一段と湿っぽく、不愉快なぬめりを伴って吹き付けてくる。

そして……。

ほんの一分で、ぽつぽつと雨粒を感じる程になってきた。

「これから、まだ配達があるのか?」
「ああ、あと吉田さんの所と、松島さんのところと」
「傘がいるだろう。貸すから、持って行くといい」
「いや、コンビニで買うから……ああ、いや、そうか」

ふたえの実家のコンビニに戻るなら20分はかかる。
高浩は頭を横に振った。ここは東京じゃない。買いたいときに何でも
買えるような、そんな場所はない。

「借りようかな。傘」
「そうするといい」

  ゴロゴロ……

雷と、そしてまばらに落ちてくる雨粒。

高浩は千歳と共に、彼女の家の方へと向かう。歩いている途中にも
どんどん雨脚は強く、早くなってきて、大粒の雨がばちばちと
そこら中で音を上げ始めた。

高浩と千歳は最初ふつうに歩いていたが、70メートルほど先にある
家まで。ほんの数十秒の間に、早足に。最後には、駆け足になって
いた。

「うわー、すごい雨だな!」

玄関に着く。雪除けのフードがある玄関に身体を入れて。
高浩はそのまま。千歳は玄関の扉を開けた。

「ひどい雨になったな。こんなに降るとは思わなかった。ほんの
何秒の間だったのに」
「夏はこういうものだからしょうがないな。しばらく雨宿りして
いくと良い」
「いや、傘を借りられればいいよ」

高浩はそう言ってみたが、千歳は首を横に振った。
振り返って。

「こんなに雨が降っているのに、傘があっても濡れてしまうだろう。
それに身体も冷える。靴も濡れる。いいことなんか何もない」
「いやでも」
「でもも何もあるか」

高浩の半袖の先に、少し雨に濡れた手がある。
手首を掴む、千歳の細い手。

少し冷えた千歳の指。こわばるような強さで、高浩の手首を掴む手。

ついそうしてしまった。千歳は自分に驚いたような表情だった。

「嫌……か?」


ぽつりと、問いかけると。

微かに雷光が閃き、あたりは一瞬真っ白になる。
そんなことを尋ねた千歳が一番驚いて。そして。

「……ち、千歳さん?」

驚いて。

まるで子供が父親に玩具をねだるような、そんな格好で。
千歳は、高浩の腕にすがりついていた。



(33)終

(34)へ続く



スポンサーサイト

| 連続小説 Way to the BLUE | 14:49 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

COMMENT















非公開コメント

PREV | PAGE-SELECT | NEXT