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Way to the Blue 37話

(37)

他人の定義とは何だろう。

道を歩いている彼と、彼女と、老人と、子供と。
自らの接点はない。

ただ、そこにいるという事以外には。

他人というのは、偶然今まで知り合うことの無かった、しかしこれから
知り合う可能性が残っている群衆団である。

それは何かに区別されることではなく、時間の定義の中で漠然と
かつ、平等に残されている可能性である。

それならば、何があればそれは他人と呼べなくなるのだろう。

名前を知られることか。顔を覚えられることか。声を覚えられることか。
もしかしたら匂いかもしれない。雰囲気だったり、靴音だったりするかも
しれない。触れ合った感触かもしれない。

どれも他人の定義をすり抜けるためには悪くない。あり得る。

だが、その中でも特異な一つがある。
それが最も難しく、それが最も影響を与え合う。

そう、それは。

共有する夢を持つこと--。

「同じ翼を持っている……?」

有沢高浩は繰り返した。夕暮れは闇に押し迫ろうとしている。

背の高い男。その三十半ばの男は、自らを安倉木智也と名乗った。
木桧みずほの父親である。彼の名字がなぜ彼女と同一ではないの
か、気にはなったが尋ねる気にはならなかった。家庭の事情という
ものもあるだろう。それに、今の高浩には他に気になることがある。

「君はきっと、他の人より少しだけ多くの物を受け取り、少しだけ多くの
物を失うことができる人間なんだ」

高浩は、その男の断定的な物言いが気に入らなかった。

「なぜでしょうか」
「君が翼を持っているから。その理由では足りないかな?」
「わかりません」
「なら、こう言い換えよう。理想の具現化。それは現実の陳腐化に
繋がる。大志は足下を揺らがし、空を舞う物はやがて落ちうる」

木桧みずほが、不安げに父の顔を見上げた。

「私は墜ちないけどね」

苦笑して付け加えた。

「私は雇われパイロットをやっているが、正直なところこれをやっている
という感覚はあまりない。最初からそこに自分の道が向かっていた
かのように、自然とそこに行き着いた。まるで線路の上を走るように。
これは夢でも理想でもない。ただ、そういう道だった」
「……」

なぜだろう、と。
高浩は考えていた。なぜ、この人はそんなことを伝えようとするの
だろう、と。

「背伸びをして、誰かを救いたいとか誰かを守りたいと感じたときは、
その位置がどれだけ高いか、よく考えたほうがいい。そして失うことは
全てを『喪失』するわけではないと、知っていたほうがいい」

真剣な表情で、みずほの父親は高浩を見つめた。
その表情の奥に込められた深い憐憫を、高浩もやんわりと感じる。

そうか、と。

「(失うものが多い運命を背負ってると思われてるのか)」

そう気づいて、高浩は苦笑した。お節介焼きの大人と占い師は、いつ
だってこんな風にうそぶいて子供を脅かす。

この木桧みずほの父親というのも、そういう人種の一人なんだろう。

「俺は別に、失う物の多い不幸な運命を背負ってるとかそんな
調子のいい、自意識過剰な事は思ってませんよ。微塵も。同情
される由縁もないですし」
「おやおや、怒らせてしまったかな」
「みずほ、俺、Railwayに戻るから」
「え? あ、いや、えっと」

父親のほうは置いておいて、みずほにそう告げる。
高浩は早くRailwayへと戻りたかった。なぜか、気持ちがはやる。

「早くRailwayに戻って、ふたえさんに」

言い掛けて。

「いや、なんでもないけど」

高浩は首を振った。別に会って、特別何かを考えているわけでも
ないし、何かを言おうと思っているわけでもない。
しかしみずほは、何かもごもごと辺りをはばかるように。

「今はまだ、戻らないほうがいいと思うんだけど……」
「なんでだ?」
「いや、なんでって事はないんだけど。ほら、なんてゆーか、
お父さんもいるし」
「関係ないんじゃないか?」
「あるよあるある大あり」
「……どの辺が?」
「だって、その、知り合いだったんじゃないの?」

みずほの父親と高浩の父親。つまり安倉木智也と有沢浩樹は
交流が存在した。それは解っている。

「そうらしいけど、それがどうというわけでも」
「少し話していけばいいじゃない」
「もう夜にもなるし。Railwayに戻るよ」
「なんなの。強情。分からず屋。変態」
「なんでだ!! 俺を引き止める理由は何だよ!」
「そりゃあ、恋だろ」
「違う!!」

安倉木智也が気楽そうに呟いた一言に、みずほと高浩は
同時に反応した。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

藤ノ木ふたえは、空を見ていた。
夕焼けが山際に深く刻まれる青い空を。

藍とブルー。朱とオレンジ。その境界を。

見ていた。
それは見えなくてもわかる。

「それでは」
「うん」

月方万里がそう挨拶する。応えたふたえは、Railwayの入口の
小さなベンチに腰掛けている。

万里は車椅子を押して、歩きだした。
その車椅子に乗っている月方絵理菜は、眠っている。
先ほどから。そう、西倉智香が去ってから。

静かに、佇んでいた。
万里はそのふたえの様子を見て、居たたまれない思いになった。

見えない彼女が空を見ている。

「ふたえさんは」
「うん?」

歩きかけて、立ち止まる。
万里は振り返って、Railwayの入口をまるで守るように座っている
ふたえを見た。

「……ふたえさんは、もし、Railwayがなくなったらどうするんですか」

夜が近い。
風が強くなるかもしれない。

そんな予感をはらみながら尋ねる。
万里は何か、自分で自分が解らなくなったような気がした。
この質問は違う。

この質問は適切じゃない。

言うなれば無意味である。

言葉は適切さを欠き、宙に消えて行く。掴み取れる物は何もない。
万里は永遠を願っているのだった。

この町が。この店が。この女性が。母親が。そして自分が。
みずほが。……有沢高浩が。

永遠であってほしいと願っているのだ。
万里は首を横に振る。

「なんでもないです。今の、聴かなかったことにしてください」

万里は自らの質問を恥じて、頭を下げた。
きっと聴きたかったことは、自分勝手な物事でしかない。
だからそんな言葉が出てくる。

いやになる。
永遠を願うのは勝手なことだ。同意を求めてもしょうがない。
これは"誓い"ではない。ただの”願い”なのだから。

それなのに、ふたえは口を開いた。

「このお店が消えたら、私も消えてしまうかもしれない」

ふたえは淡々とした口調で答えた。言葉の強さは感じない。

「Railwayは私の身体みたいなものなの。全てはここから始まっていく。
線路も、青も、人生も。言葉すらここから生まれていく。かけがえの
ない原点。それがRailwayなの。それが失われたら、私はきっと
ここにはいないと思うわ」
「ふたえさん。気持ちは分かりますけど」
「万里ちゃん。将来のことが心配なのよね。きっとね、あなたにとって
最良の選択は、この町から出ていくことなんだと思うの」
「……」

万里は首を横に振った。

「いやです」
「あのひとは、自分の技術とかそういうものにすごく自信を持っている
人だから。あのひとが万里ちゃんを見込んだのなら、万里ちゃんは
他の人が持っていない素晴らしいものを持っているはずなの」

再び、万里は首を振った。目を閉じて、悲しみを湛えて。

「だから、いやなんです。ここを離れたくないんです。私、ここが
永遠に変わらないでほしい。誰もいなくなってほしくない。だから」
「永遠は」

はっとするような、透明な響き。声が。言葉が。
夜の青に吸い込まれる潮騒のさざめきにも決して揺らがずに。

凛と、その中に心を埋めこんで。

ふたえは言った。まだ若い彼女へ。

「永遠は、死ぬ人だけに与えられるものなのよ。時間が止まって
しまうことなのよ。それは、本当に悲しいことなの。なぜなら、
止まってしまった時は、進めることも、戻すことも出来ないのだから」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

木桧みずほの家というのは、二階建てのごくごく普通の一軒家
である。
東京では一軒家に住むのは多少のぜいたくと言えるし、環境が
変わりやすいから損をするケースもある。

「上がって」

雪国らしい玄関フードをくぐり、玄関の中へ。
靴を脱いで土間から廊下へ。踏み出した先には、古めかしい
複葉機の絵が描かれた小さなカーペット。

壁には同じように、飛行機のジグソーパズル。入ってすぐにある
おおきな靴箱の上には、戦闘機の模型。ヘリコプターのラジコン
も乗っていた。

「フォッケウルフFw190、デハビランド モスキート、
ミコヤンミグ27フロッガーD、ベル47」

みずほが暗唱でもするように、それらの模型の名を呼ぶ。
高浩が呆気にとられているなか、にっこりと笑って。

「私が組み立てたの。なかなかのもんでしょ」
「まだまだ修行が足りないよ」
「お父さんは嫉妬してるだけ」

父親には手厳しくそう言う。親子ともども飛行機好きだ。

北海道の一軒家は、5部屋にキッチン、リビング、子供が遊具で遊ぶ
には十分程度の庭、家族4人で入れる風呂が揃って、土地付きで
二千万円しないということもある。
田舎であればほぼ建築費だけでいい。土地が、一坪百円という
冗談のような金額のこともある。最近では、無料で配っていることも
ある。

高浩はそんな話を聞いて羨ましくも思ったが、すぐに思い直すことに
もなった。もう家族もいない自分に、それほどの家は必要がない。

それに常葉町は田舎だ。どう贔屓目に見ても、田舎だ。住むと相当
苦労することになる。

……

どうしてみずほ達は、この常葉町へやってきたのだろう?
ずっと前からここにいたのだろうか。

「あらー、高浩君じゃないの」

玄関からリビングに入ると、声が飛んできた。入ってすぐ左手を
見れば、ダイニングキッチンがあった。そこからリビングの様子を
常に見ることが出来る。顔が見えるダイニングと、一昔流行った形だ。

みずほの母親、木桧美砂である。長い髪はポニーテールで、
鮮やかな赤い色のエプロンと、シルバーの襟付きシャツ。スマートな
パンツルックが、どこか小洒落ている。

「どうも、こんばんは」
「こんばんは。どうしたの。荷物なんか持って」
「配達が終わって帰るところだったんですけど、みずほ達に会って」
「あら。それで」

油のはぜる音、火の通った野菜の匂い。
懐かしくなる。

「どうかした?」
「思い出して……」

高浩は素直に、言葉に出していた。
みずほが父親に抱きつく仕草も。
その家庭料理の香りも。
生活の匂いそのものも。

「なんだか、懐かしいですね。ほんの一ヶ月なのに。両親が死んでから、
たった一ヶ月しか経っていないのに。思い出は、どこかグレーアウトした
風景に見えます」
「あら。忘れかけていたのに、思い出させちゃったわね」
「いえ、忘れかけていたんじゃなく、思い出そうとしなかっただけだと
思います」

苦笑する。そういう仕草を見せた高浩のことを、
安倉木智也が見ていた。

木桧みずほは見ていなかった。見ようとしていなかった。

その雰囲気を感じながらも、高浩は言葉を続け、そして笑った。

「思い出を切り捨てられない男はみっともないですかね。でも、俺は
これ以上何も忘れたくないと今、思ったんです。唐突ですけど。
何も失いたくないと思ったんです。もう、これ以上何も」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「永遠は死者にしか与えられない。生者は永遠を望んではいけない。
それは約束になるから。できない約束はしちゃいけないわ」

藤ノ木ふたえは万里にそう言った。そう、言ったことを思い出していた。

夜は訪れた。どうしようもなく深い空の、濃い青の中にわずかな滲みを
覚えながら、万里は車椅子を押して帰路につく。

藤ノ木ふたえは……。
できない約束をしていたのだろうか?

ぎし、ぎしと軋む車椅子を押して。
車通りのほとんどない、海岸線の道を歩いてゆく。風は強い。
眠る母親の長い髪が揺れる。まるで生きているかのように。

「ふたえさんは、言葉の矛盾に自分でも気づいているような気がした。
だけど……だけど、それは私がどうする事じゃないし……」

万里は永遠を願う。
藤ノ木ふたえもある意味ではそうだ。
彼女はこの、常葉町に生きる永遠であり、Railwayに存在する永遠だ。

彼女の言葉は、自分を費やし切ろうとしているように感じられる。
空想の時間を無理矢理覚ましてしまうような意味に聞こえる。

「夢を見ているのは一体誰? ふたえさん、高浩くん、みずほちゃん?
それとも私なの? それとも、この町自身なの?」

夜の闇に問いかけは吸い込まれてゆく。

その中で、安らかな寝息を立てる母親。

「夢を見ているのは……お母さん?」

万里は首を振った。いつもこうだ。自分には選ばなければならない
仕事がある。やらなければならないことがあるのに。

それなのに、他のことが気になってしまう。
たとえば、

そう、たとえば。有沢高浩がこの場にいたとしたら、泣きそうな自分を
助けてくれるだろうか、と。

逃げ出すことばかり考えている。

母親のように、こうして
何もかも忘れて、眠ってしまいたくなるぐらいに。

(37)終

(38)へ続く
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