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Way to the blue 42話

(41)


アコースティック・ギターのような夜だった。

ましてや、闇は光を際立たせて、にじむような色合いを見せた。

マホガニーの香りは、木々の存在。

音は夢想。波長は月光。憂いは雲。淡く彩られた、青の道。
風は触れ合い、山をすべる。想いはどこまでも深い闇へ。

立ち止まる。夜空を見上げる。

星が泣いていた。


夜20時を回っている。

高浩は、『天野湯』に訪れていた。
牧野遊花の祖母夫婦が経営している銭湯だ。
ここに殆ど毎日のように訪れている。

小脇に抱えた風呂桶の中には、小さなエゾモモンガがいる。
両前足を風呂桶にかけて、まるで見張るように前方を見つめ
ている。

まるで、誰かを探しているかのように。

「最近臭くなくなったな。お前」

高浩の親友であるそのモモンガは、最近は外出することが
多くなっていた。夜はこうして帰ってくることもあるが、いない
ことのほうが多い。

「毎日毎日どこ行ってんのかね。好きなやつでもできたか?」

自然が一杯残っている常葉町の居心地の良さに中てられたの
だろうか。

どこか肌寒い。
秋でもないのに空が高く感じる。そんな夜。

ああ、北海道の夜は、なんて静かで
なんて、侘びしいんだろう。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「こんばんは」

『天野湯』の戸を開ける。
外の肌寒さとは打って変わって、やや湿っぽいながら暖かい風が
室内からこぼれ出てくきた。

「あ、タカ兄ちゃん、こんばんはー」

番台には花のような笑顔を振りまく少女が、ちんまりと座っている。
モモンガの入浴料金10円を含めて、料金を支払った。
ついでに尋ねる。

「あの時代錯誤なバリバリ少年は?」
「いるよー。なんかね、宿題やってなかったからお母さんに怒られて
二階で勉強してる」

イメージにどうもそぐわないのだが、そう言うのは可哀想だ。
母親の言うことは素直に聞くのか。いや、妹が口添えしたのだろう。

「意外と教育ママなんだなぁ。遊花のお母さんは」
「怒ると怖いよ~? がーがー! って」
「はは」

やはり笑顔で言う。怖さは伝わってこないが、伝える気もない
らしい。しかし、可愛いからそれでいいと思った。

全くそうは見えないのだが。見た目と中身が相反するものなど
数限りなく存在する。黙っていれば美少女なみずほや、黙って
いれば野草を食べるようには見えない月方万里。黙っていれば
鹿の首を切り落としたりしそうに見えない千歳。黙っていれば
危険な薬品を人に飲ませそうに見えない河井智恋。

「(そして、見た目によらず……いちいち物事を気にして落ち着か
ない俺とかな……)」

見た目によるのかもしれないが。
執念深いとは思っているのだ。自分でも。

高浩は、なんとなく頭を掻いた。両親のこと、どこまで考えても
答えなんて出るはずがない。忘れるしかないことなのに、未だに
切り替えの出来ない自分が、どこか間抜けにすら思えてくる。

「どうしたの? 考え事?」
「ああ、いや、なんでもない」

軽く笑って、番台とは反対方向にある靴箱に向かう。
背中に声が届いてきた。

「タカ兄ちゃんは、明日のお祭り、誰と行くことにしたの?」
「ああ、いろいろ問題もあるけど、みずほと」

意外そうな表情をする。

「みずほちゃんかぁ。お寺のお姉さんと行くと思ったのに」
「俺もそのつもりだったけど、先約がいたんだ」
「そうなんだ。振られちゃったんだ」
「そういうんじゃないけどな」

高浩は言いながら、靴箱を開ける。

遊花は、また表情を笑顔に戻した。

「タカ兄ちゃんが好きなのは、みずほちゃんなんだよね」

  がたっ

「いたたた!」

靴箱を閉めようとしたときに、一瞬唖然となって自分の指を挟んで
しまった。

「大丈夫?」
「いや、爪のところがちょっと紫色になってるけど」
「痛そうだねー。でもちょっと馬鹿っぽいね」
「誰のせいで……。いきなり、調子の狂うようなこと言うなよ」
「みずほちゃん? 出会った時から好きでしょ」
「だから、なんで」
「まるで運命の二人みたいに見えたもん」

運命の……二人?

高浩は溜息を吐く。かなり大げさに、心の底から。

「頭大丈夫か」
「マジマジ。映画のヒロインと主人公みたい」
「マジじゃねーし。運命の二人にしちゃ、安らぎどころか埃っぽい、
カビ臭い感じだったぞ。カビ臭いヒロインってどうよ」
「お似合いだってば」
「それはうれしくないなぁ……」

女性らしさが薄い割に女性らしい、吉野千歳は魅力的だと思う。
どこか守ってやりたくなるような雰囲気を持っている月方万里も
人気があるタイプだと思う。

しかし、木桧みずほは何だろう。
どこか親に依存してて、甘えてて、自分の殻に閉じこもっていて、
古いことばかりに影響されて生きている。
思いこみが激しく、わがまま。

【あたしは、あの日そこにいたし、あーくんもそこにいたのよ】

番台からは見えない位置で服を脱ぎながら、高浩は思い返して
いた。

だから何だよ。

そう胸中で呟く。だから、何だ。
子供の頃の出来事が、そんなに大事か。それより今が大事なん
じゃないのか。今は過去ではない。過ぎ去ったものに心奪われて、
するべき事をし損ねたらどれだけ間抜けだろう。

大切なことは、

大切なことは、現実を見つめて、受け入れる事じゃないのか。

過去から学び、現在へ繋げるために生きるのが正しいんじゃない
のか。

どうなんだ。

「……」

自分で言ってて腹が立つ。Tシャツを、まるで叩きつけるように
脱衣カゴに放り込んだ。

……

「(俺が言えた義理かよ)」

夢を見ている途中で目が覚めたような、そんな気持ちで呟いた。

そうだ。

木桧みずほは、自分と似ているように思えた。
そう、仮に、もう一人の自分がこの世にいたとしたら、という仮想の
一人に加えられそうな、そういう人だ。

それが結局、否定も肯定も出来ないでいる。だから、気分が悪い
のかもしれない。同じ様な視点で物事を見ていることに気がつくと、
どうしても気味が悪く感じてしまう。

ああ、そうだ。

高浩は、脱衣所の壁をじっと見つめた。
正しくは、そこに掛けられた大きな鏡に写っている、下着姿の男を。

若いくせに、どこか思い詰めたような目をしている男を。


「(俺はこの、いつまでもわだかまりを捨てられないバカ野郎が、
あまり好きじゃないんだろうな)」

だからといって、なにを忘れられるだろう。
なにを捨てられるだろう。

願っても、時間は戻ってくれない。

父親と母親は帰ってこない。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



月方万里はぽつりと呟いた。

「やっぱり水なんだと思う」

そのつぶやきにはどこか緊張がある。緊迫がある。
限りなく、薄く。
限りなく多く。
目指したものは、世界にたった一つしかない品質。
そして、悪しき薄利多売との決別。

そうだ。
世界は
儲かるように出来ている。

「お祭り前夜のチェックは完了っと」

台所で、万里は真っ白な手をぱたぱた叩くように払っている。
その結果、煙るように小麦粉が舞い上がる。

彼女は、明日のお祭りで夜店を出す予定だ。
もちろん学生がおおっぴらに商売に従じるのはあまり褒められた
ものではないため、表向きは母親の……月方絵里菜の名前で
町内の商工組合に届け出ている。

毎年のことだ。
学校の先生はもちろん気が付いているが、親の手伝いをしている
だけという名目なら、何ら問題はなかった。

言うまでもないことだが、それらは若干の誤解を含んでいる。

「明日は勝負……絶対に負けられない戦いがそこにある……」

申し込んだのも、やる気に満ちあふれているのも万里である。

そして、その利益が月方家の家計に対する影響もまた劇的で、
利益が出なければ、病気の母親を抱えた月方家の滞納がちな
光熱費が、赤い文字で『供給停止』という凍てついた文言が
記された封書が届くと共に圧倒的な力を発揮するのだ。

それをどうにかするには、お祭りで、たこ焼きを売って売って売りまくら
なければならない。

研究に研究を重ねた結果、水の量とダシがおいしいたこ焼きを作る
究極の秘訣であるという、一つの結論に達した。

限りなく小さく切り分けられたタコは、その大きさ1cmにも満たず、
限界に近いコストダウンを計っている。味付けはソースとマヨネーズで、
マヨネーズは酸味と爽やかさを出すために、ヨーグルトと混合した
秘伝の品である。

人が人であることを証明するものは知恵だ。

己の貧しさを知恵でカヴァーしてこそ、人が人である存在証明と
なるのである。

月方万里は心地よい疲れに脳を焼かれながら、ヒビが入ったまま
取り替えるお金もなくて放置している、台所の窓から夜空を眺めた。

丸い、黄色がかった月が浮かんでいる。それをじっと見つめ、静かに
呟いた。

「たこ焼きみたい」

ロマンもへったくれも無いことを。

しかし、現実はそれほどロマンティックではないのだ。
昨日と今日で生活が一変するような、そんな逆転はそうそう起こり
得ない。

貧乏から脱出して成功した人は、声高に人生には大逆転の
チャンスがあると、本でも執筆して語る。

だが、そんなものはごく限られた人のものだ。

これは残念なことではあるが、
貧乏な人間は死ぬまで貧乏な事の方が圧倒的に多い。

成功というのは輝かしく存在を大きく見せるものだけども、
失敗をアピールする人間はあまりいないからだ。

だから……

万里はふと、一人の顔を思い浮かべた。
最近日焼けしているが、どこか幼さもある、強さも感じる同年齢の
男の顔である。

「高浩君にも食べて貰おう。明日」

特別にタコを二個入れよう。いや、三個でもいい。

なんだか、不思議だった。
それはとても奇妙な感覚だった。

期待感と言うべきか。
有沢高浩という一人の男が、何かを変えてくれるような気がして
仕方がない。

彼の周りには人が集まるし、彼も複雑な境遇に思い悩んでいる
ようだが、そのことが彼に不思議な力を与えているような。

それは……もしかしたら、
もしかしたら、だけど。

木桧みずほが、表面上はどうであれ、彼のことを特別視している
ような、そういう部分につながっているのかもしれない。

そして、自分も。

心の中。誰にも言えない、見せられない心の奥底には。
そう、卑屈で、情けない心の奥底の嫉妬心の声は。

彼が、ずっとこの常葉町に……
それなら……

「万里ちゃん、たこやき」
「……」

思考を中断した声は、母親だった。
台所の入口から、どこかうらめしげに万里を見つめている視線が
ある。

万里は思った。思ってはいけないような事を。

「(餌をねだる室内犬の目だ……)」

と、思い返す。

「あれ、だってさっき30個焼いたよね? お母さん」
「はゃ、食べちゃった」
「食べたの!? 30個全部!? もう!?」
「おいしかった……」
「ありがと……いやそういうことじゃなくって!」

母親の賛辞に率直なお礼を言い掛けたが、それで調子に乗り
まくり、好き放題なことを言うのは間違いなかった。

「もっと焼いてほしいな」
「お母さん……。明日焼く材料、なくなっちゃうんだけど」
「じゃあ明日はやめよう」
「ダメに決まってるでしょ!! 電気もガスも止まっちゃうよ!
真っ暗になって寒くて困るんだよ!? 我慢我慢!」

光熱費は一ヶ月滞納している。

「万里ちゃんがお母さんをぎゃくたいするの……」
「もー! そうめん茹でてあげるから泣かないでよー」
「たこ焼きがいい」
「わがまま言わない」

貰い物のそうめんが大量にある。なんと言ってもそうめんは、
食欲に関わらず食べられるし、調理は簡単だし日持ちするし、
量はあるしなにより安い。

子供にたしなめられ、母親としての威厳は全くなく残念そうに
絵里菜がうめく。

「うん。わかった。わがまま言わないようにした。でもたこ焼きが
いい」

ヘロヘロした情けない声は無視して、万里はそうめんを茹で
始めていた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


『がーがー! 20時30分がーがー!』

奇妙な電子音声が響き。

再び舞い降りるしん、とした静寂。
暗闇の中の、無音。

その暗闇は一人だけのものだ。
彼女だけが独占する暗闇。

やがて、静寂の中から地球の音が浮かび上がってくる。
それは風。そして、波音。

しかし彼女を包み込んでいる景色と言えば、それは暗闇とはほど
遠かった。
夜空には明るい月が浮かび、死んでしまったかのように無言で
錆びてゆくC62型蒸気機関車をハッキリと浮かび上がらせている。

夜は更けて。
なお輝いている。

「今が、現在が、アコーディオンみたいに連なって、この時間に
繋がって、あなたがいて、ここに全てがあって」

蒸気機関車を格納する納屋の中には、藤ノ木ふたえと
『彼』しかいない。

「……まるで夢みたいに……」

グレーのパーカーに、青いブラウス。花柄の白いスカート。
エナメルの白いローヒールが砂を踏む音が、やけに大きく響く。

それはそうだろう。ここには、生あるものは居ないから。

「10年以上も昔に、その夢は終わったはずだったのに。ただ、
ゆっくり眠りたいだけのあなたを起こしてしまった」

藤ノ木ふたえは、小さくかぶりを振った。
長い髪がさわさわと揺れる音。耳に痛いほど伝わってくる、夜風が
プレハブ小屋を揺らす音。

「あなたは、もう何も……その手に、何も残していないのに。
それでも存在に意味があると言う人たちがいる。だけど、残された
ものに仮託する想いは、どこまでも自分勝手で、わがままで。
許せないよね。許したくなんかないよね。あなたも、わたしも」

そして、耳の奥ででリフレインする、汽笛。
C62型蒸気機関車が、十数年前に奏でた音。
今でも消えない。忘れない音色。

半壊した蒸気機関車はただ、黙している。

「あのとき、全てが息絶えてしまったような。そんな夢想を浮かべたの
は、私だけだった? 夢が夢であるように、そう願っていたのは私?
あの汽笛が鳴り止んだ後、叶えられた夢は、そこで終わりを告げた。
そして、あなたは眠りについて、私は地獄に堕ちた」

声には、過去を振り返る懐かしさではなく、
むしろ誰かを嘲るような、湿り気を帯びている。

「優しくなんて、されたくなかった」

藤ノ木ふたえは、そう。
自嘲している。

ずっとずっと昔から。
ずっと昔から。


「私は、あなたと一緒にいたかった」


その言葉と共に、C62を『安置』する室の明かりが陰る。
夜が明けるまで、
月が再び顔を出すことはなかった。


(42)終

(43)へ続く
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