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Way to the Blue 43話

(43)



くるくると回る赤と、緑色、青、銀色。
やや日焼けしているながらも、赤い塗料を塗りたくった台の上に
飾られた風車は、華やかな宴の賑やかさの中で、そよ風に回る。

遠くから漂ってくる、砂糖の焼ける香り。カラフルな袋がたくさんぶら
下がった綿飴売りのお店。日曜日の朝にやっている戦隊ヒーローの
絵が描かれているパンパンに膨らんだ袋の中には、とびきり甘い綿飴
がぎっしり詰まっているに違いない。

ふと感じる頬の熱気にはっとして振り返れば、すぐ目の前で、自分の
体が落ちてしまいそうな程に大きな四角い鍋で、フライドポテトを揚げて
いる男の店員と目が合う。浅黒い額に汗を浮かべた男が、にっこりと
微笑む。

しかし手を引かれ、その景色は遠ざかった。

次に現れるのは、色とりどりのトッピングを飾ったかき氷売りだ。
やや黄色がかった裸電球の熱と明かりに照らされて、それ自体がネオン
ライトのように輝いている。勿論それはプラスチックの模型で、本物では
なかったから溶けることはない。

青、黄色、赤、緑、そこには、この世界中にあるどんな色でさえもあって、
どんな色でさえも美しく、美味しそうに思えたのだ。

うごめくような熱気。

焼けるように暑い空気の中では、巨大な氷が削られる飛沫が時折頬に
触れる感触があまりにも魅惑的で、まるで水を求める魚のような気分に
陥る。フラッペと名付けられたそれを、たったひとくち、口に運んだらどれほど
冷たくて心地よいだろう。

視界はまた、切り替わる。夢でも見ているように。

くるくると回る風車。それはいくつも、いくつも。多くの数を数えられない
頭では、ただいくつもの、としかわからない。

お面をかぶった見知らぬ少女が、一つの風車を手に取った。そして、
走り出す。すると風車は、からからと音を立てて艶やかな残像を残した。
赤い浴衣を着た小さな少女は、そのまま人混みへ紛れるように姿を
消してしまう。笑顔と、からからという音色を残したままで。

光。そして闇の中。虹色のきらめきが、淡く優しい残光にゆらぐ。

いつのまにか。

いつのまにか、僕の手の中には、一本の風車があった。
白い綺麗な母親の手から渡されたものだ。

回る風車。様々な色を反射して、風を受け止めて。
からからと回る風車。

これは、いつの記憶だっただろう。

あの回り続ける風車を眺めながら、僕はずっと、ずっと、こんな幸せで
楽しい時間が、ずっと続くと思っていたんだ。

終わるはずなんか無いと思っていたんだ。

やがて、風がやんで。
静かな夜がやってきた頃には、僕は母親の手の中で、あの光を夢見て
眠りにつく。

風車はもう回らない。

そうだ。

あの風車は、どこに忘れてきてしまったのだろう。


あの美しい記憶は、いつまで美しいままなのだろう。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



『本日は閉店』

マジックでそう書いた紙を、ドアに貼っておく。

高浩はその文字を眺めながら、息を吐いた。北海道にしては蒸し暑い
空気に、吐気が溶けて混ざる。体に染み着くように湿った海風が、
波打ち際に打ち上げられた海草の匂いを運んでくる。

「……青いなぁ……風も空も。真っ青でいい天気だ」

お祭りの日には、町中にあるふたえの実家(コンビニ)はとても
忙しくなるので、手伝いをするらしい。
そちらの手伝いもすると高浩は持ち出したが、


『ありがとう。でもね、若い子はいい思い出を創る義務があるから。
大人がその義務をじゃましたらいけないわ』


そう言われてしまってはしょうがない。
いろいろ反論したいことはあるが、優しげな声でにこやかに微笑まれ、
しかも小首を傾げられたら納得せざるを得ない。
20歳も年上なのに、あんな可愛い人もそうそういないだろうと高浩は
どこか恐ろしく思えた。

それにしても。

自分の父親である有沢浩樹は、想いを寄せている藤ノ木ふたえを
ずっとこの常葉町に置き去りにしていた。それがひどく極悪な行いに
思えてきて、怒りすら覚える。

海で冷やされた風に、陽炎が立っている。

ふたえはそんなにたくさんの不幸を背負うほど、業のある生き方を
してきただろうか?

高浩は、玄関先でころころ転がって遊んでいるモモンガに、問いかけた。

「人間の幸せは、不幸の数と一緒らしい。どうもそうは思えないけどな。
不幸ばっかの人も幸せばっかの人もいるだろ。ふたえさんとか、
なんか話聞くと、一つも幸せなことがない気がしないか?」

問いかけても、返答があるわけではない。ばたばたと暴れるエゾ
モモンガの足音……だかなんだかが聞こえるだけだ。

だからだろうか。
なんとかしてやらないと、と思う。
父親が何も、彼女の思いに応えてやらなかったから……というわけ
ではない。いや、絶対ないと言いきれない。とにかく、少ない。

そういうことじゃなくて。

そんな古ぼけた話ではなくて。

あの人が普通に笑顔で居られる明日があれば、それだけでいいと
思う。
それが正しいことのように思う。

「今のうちはそれで十分だと思うんだけどな。どう思う? とーら」

モモンガは何も答えずに、食べもしない雑草を鋭い前歯でむしっていた。


そのとき、ぽぽん、という大きな音が町中に鳴り響いた。
その音は都会暮らしの長い高浩も知っている。お祭りが通常通り
開催される合図のようなものだ。

ぽん、ぽんという大きな音が何度か鳴り響き、その後、街に再び
静寂が戻ってくる。

携帯電話の時計は午前9時を指している。
7月も半ばに差し掛かった、真夏の一日はこんな音と、こんな疑問から
始まった。

どちらも答えは返ってこない。答えを期待してはいけないのかもしれない。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



どう冷静に考えても雑草しかないと思われる花壇に水を撒いている。

別に祭りの合図が鳴ったからと言って、高浩はすぐに何をするわけでも
無かった。なんとなく、Railwayの近くにいた。

そして、いつもはやらないような事を始めた。

その一つが店舗の前の花壇の水やりだったのだが、雑草がはびこって
花らしい植物はどこにもない。

大きな葉を開いた背の低い雑草と、小さな白い花をつける背の高い草。
それと、細長い万能ネギの親戚のような草がびっしりと生えている。
花壇は、U字型をしたブロックで周囲を囲んだものだった。割としっかり
出来ているのだが、花壇としての役割を果たしてはいない。
ただの『壇』である。

「水をやったところで虚しいだけか……」

青いゴムホースの口を狭めて、飛び散る水沫を楽しんでいたのだが
その荒れ放題の花壇を見ているとどうしても虚しさが襲ってくる。

やがて、意を決して。
高浩は花壇の中に踏み込んだ。

軟らかい土にスニーカーがめり込むが、別に今更気にするほどもなく
汚れている。問題はなかった。

ぶちぶちと根ごと雑草をむしる作業に没頭する。
やってみて気づいたが、背の低い草は大体根が深く、背の高い草の
根は広く張られている。普通逆のような気がするが、そういうものかと
少し驚いた。

思い起こしてみれば、雑草を抜くなんて事は殆どやったことがない。

小学校の頃に小さな畑を学校で作ったりもしたが、生徒数が多くて
他人が抜いてしまっていて、雑草なんて殆ど生えていた記憶がない。
草むらは空き地などで見たことがある。が、そんなところには入った
こともない。

そんな風に考えていると、
電話の着信音が聞こえた。

二つ折りの携帯電話を取り出して見てみると、表示されている電話
番号には見覚えがない。通話ボタンを押す。

「もしもし?」
「何か困ってることがあったら何でも相談していいんだけど?」

受話スピーカーから耳を話し、しばらく黙考する。
3秒ほど。

「……」

その後に、再び電話を耳に当てた。

「どちらさま?」
「何言ってんの。今日は気前が良いから遠慮することはないわ。なんか
馬鹿げた要望でも何でもいいんだけど。庶民の考えは時に天才を脅かす
事もあるし。でもそんなのは限りなく希なことなんだけどね?」

声の主は、河合智恋だ。
全く前置きもなく、突然べらべらと喋りだしたからTVか何かの音かと本気で
疑ったが、どういうわけか生きている本人からだった。

どうやって、教えてもいない電話番号を知ったのかはわからない。

「いや、だからどこの誰様ですか」
「天才?」
「天才には知り合いがいません」

ピッ

会話を強制的に終わらせる。

「さて、これでやっと1/3終わったかー。抜いた雑草はどうすりゃいいの
かな」

また着信音が聞こえた。

「そういや昔、ゴミ袋に詰めてるのを見たことがあったな。そうすりゃいいか。
あー、手も汚れたな。そうか、軍手探してくればよかったんだ」

着信音は鳴り続ける。

「……」

うんざりとした表情でため息一つ。
弾を込めた拳銃でも頭に押し当てるような気分で、電話を再び手に取った。

「いません」

開口一番そう言ったが、そんなことでくじける河合智恋ではなかった。

「実は、今日ついにお祭り展示用の万能ハイテクロボが完成したのよ研究員」
「忙しいんで電話切って良いですか?」
「はぁ? 忙しいって何が。どうして科学的発明を祝福する言葉を吐かない
わけ?」

祝福したくないからだ。

「河合先輩。一体どうやって電話番号を調べたんですか」
「何よ、そんな他人行儀な呼び方なんてしないで。いつも通り天才教授って」
「呼んでねぇ」
「電話番号をどうやって調べたか、そんなこと聞いてどうするの?」
「……」

河合智恋なら、非合法的かつ理解しがたい方法で調べ上げたのかも
しれない。
ある意味聞きたくないが、興味はある。

「参考にしようと思って」
「ああそう。でも参考にしてもしょうがないこと。ちーたんに聞いたから」
「ちーたんって誰だ」
「千歳でしょ」
「あの人をそんな呼び方で呼ばれると違和感がある」
「そぉ? 昔っから、あんな風にしてるけど実際子供っぽいし短気だし、
寂しがりだし、ちーたんで似合うと思うけど?」
「どこがだ」

適当なことばかり言う河合智恋の言葉に、うんざりと息を吐く。

「で、本当に何の用ですか」
「だから、超発明が完成したから見に来てって言ってんの。あとお祭り
会場に移動するの手伝ってくれてもいいんだけど」
「なるほど。嫌です」
「大サービスでケミカル茶も好きなだけ飲んでいいんだけど?」
「あれ飲んだ次の日すっげぇ腹痛くなったんで、もう本当にいいです」
「ちょっとさ」
「はい」
「聞くんだけど」
「ええ」

智恋は電話口の向こうからでもハッキリと解るぐらい、心配そうな
緊張感で尋ねてきた。

「今電話大丈夫?」
「先に聞けっ!!!」

今更な事を。

ピッ

電話を切って、深いため息をつく。
忙しいわけでもないのに、忙しい気分にだけさせられる。一言で言うと、
面倒くさい。あの人はとにかく面倒くさい。

切った電話がまた鳴りだした。

電話を投げ捨てようと思ったが、そうしたら本人が直接現れるだけなので
より面倒くさい。

どこまでも面倒くさい人である。

息を吸って、電話に出る。

「忙しい!!」

携帯電話の向こうからは、咳払いが聞こえた。
それを聞いて、おや、と思う。

違和感の主は、あまり気にしてないようだったが。

「……体調悪いのに電話してやった一言目がそれ?」

健康だったらそんな恨み節一つで終わらせることはあるまい。
多分、肋骨のあたりを入念に殴られている。もちろん折れる程度に。

「さっきまで河合先輩から電話攻撃を受けてて、そのノリで。悪ぃ」
「じゃあ忙しそうだから手短に言っとく」

忙しそう、の部分にやたらと力が入っている。
電話をかけてきた木桧みずほは、不機嫌のまま言い切った。

「体調悪いからお祭り行かない。忙しいところすんませんね。じゃ」

通話は何の紛れもなく、キュウリでも叩き折ったかのようにあっさりと
切れた。

「え」

だいぶ遅れてつぶやいた一言は、もちろん誰にも届かない。
汚れた手で二つ折りの電話を閉じても、まだ唖然としたままで。

「(体調が悪い? それともみずほを怒らせた? おいおい……)」

汗がにじんだ額を手の甲で拭う。

「なんだよ。それ」

思わず独り言をつぶやいてしまうほどに、そうなんだろう。

言うほどではない。

それとも。
言葉に出さないと落ち着かないほど?

だいたい理屈としてはどうでもいい。
ただ単に、目的が消失してしまっただけなんだから。
そこに去来する寂しさや、やりきれなさを何かと勘違いするような
そういう事にはなりたくない。

ああ。

高浩は、草むしりを再開しながら声に出してつぶやいた。

「結局一人かよ。俺は」

そんな言葉は、単なる言いがかりのようなものかもしれない。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



携帯電話をベッドに投げ捨てて、座椅子にあぐらをかいて座り込む。

床に置いてあるゲーム機のコントローラーを拾い上げ、かちゃかちゃと
いじり始めた。TVには、最近気に入っているRPGの画面が表示されて
いる。

こほっ、とまた一つ咳払いをした。

木桧みずほは、座椅子に背を預けてできるだけ楽な姿勢を作る。
そして、無言のままにレベル上げの作業を再開した。

朝の日差しはカーテンを通り抜けることができず、窓の外で時間を
潰している。薄暗い部屋の中には、パジャマ姿のままのみずほが
発する荒い息づかいと、ゲームの音楽だけが響いている。

驚くほど、静かな。

ゲームのBGMが鳴っているのに、静かな部屋。
時間が刻まれる音すら聞こえてきそうなほどに……。


そうか、時間だ。
不意に寂しさを感じさせるような、そんな時間がある。

凍える冬の深夜、桜の散った晩春の夜。乾いた夏の午後3時。
コオロギが鳴く夕暮れの秋。

一人で迎える祭の日の朝。


みずほは、可哀想だと思った。
楽しいはずの世界が、自分のせいで憂鬱になるのが。

誰かの。

誰の?

「誰でもいい……」

コントローラーを投げ捨てる。そう。誰でもいい。
誰かのためなんて考えたくない。


ベッドにうつぶせになる。横になると、今さら気分が悪くなってきた。
そして眠気が襲ってくる。いつもなら寝ている時間だ。

ぼんやりと、ただぼんやりと。
渦巻くように揺れる赤だか黒だかはっきりしない景色の中で思う。

誰のためにもならない。

父親のためにも、母親のためにもならない。

みずほはそう思っていた。そう考えて、ずっと生きてきた。
なぜだろう。なぜかわからない。

期待されたくなんかないし。
求められたくなんかない。



『木桧は、どうして親の名前違うんだ?』

ああ、それはね。
それは。

それは、私の両親は、
法律上結婚できないから。

私の母親は、この常葉町で、たった一人で私を生んだ。
一人。たった一人、流れ着く流木のような過程で常葉町へ。

それが、私にはなぜなのかわからない。

なぜそんなことができるのか?
そこには、どれほどの苦しみがあるかも想像しがたい。
孤独と不安。将来への絶望。頼る人が一人もいない、絶望。


「わ……」

一言だけ漏れた言葉は、何の意味もなさない。
意味があるとすれば、
紡ぐべき言葉は、

そう。本来、そうすべきではなかったことではないか?


――いつだって、期待とは別の人生を歩んできた。

わからない振りをして。

気づかない振りをして。

『あなたが生まれたときの命の恩人なの。ふたえさんは』

だから――

『だから』

遠い昔に聞いた母親の言葉が、高浩の言葉と重なって聞こえる。
なぜこんな風に、愚痴ってるのかもわからない。

わからないが、
みずほは自分でも気づかないうちに、ぽろぽろと泣き出していた。

身体が辛い。そしてそれ以上に、
やるせなさにのし掛かられて、潰されていくような心。


そう。どうして、わたしは、一人なんだろう?



みずほは、いつの間にか眠りについていた。そして目覚めるのは、
ススキ色の夕暮れが近くなってからである。




(43)終

(44)へ続く
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| 連続小説 Way to the BLUE | 08:08 | comments:1 | trackbacks(-) | TOP↑

COMMENT

続きキタ
これで勝つる

| あづま | 2010/10/11 20:46 | URL |















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