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天罰の意味

今日はデリケートな話題を扱うので
先に言っておきます。

凄い長文になったのは、誤解を招かないように
端折らずに書こうとしたためです。
文章力が伴わないため乱文ですが、どうか
ご容赦願います。



ハイパーレスキューの活躍は素晴らしかった。
で、石原都知事の号泣会見にはいろいろ意見も出ているが
その声の中には、『天罰発言の石原が』みたいな話もある。

はてさて。
天罰発言。

石原さんのコメントはこうだった。

「我欲に縛られ政治もポピュリズムでやっている。
それが一気に押し流されて、 この津波をうまく利用してだね
我欲を一回洗い落とす必要がある。
積年たまった日本人の心のあかをね。これはやっぱり天罰だ。
被災者の方々、かわいそうですよ」

さて、私は別に石原さんが好きとか嫌いとかは無いが
(まぁ裕次郎はいいと思う)
この発言を叩くのはどう考えてもおかしい。そう思う。
だって、何一つ間違っていないんだから。

もちろん言葉の使い方とタイミングが良くないという意見は
正しい。その意味での謝罪は頷ける。だが、天罰自体はどうか。

現状で被災し、避難されている皆様は大変に心労を
重ねていると考える。しかし、申し訳ないが、
現状で苦労している事自体は間違いなく天罰だ。

なぜなら、地震は、津波は、天災の全ては
守ろうと思えば守れるのである。

10mの堤防を作った、それを乗り越えられた、
たくさんの人が死んだ、だから堤防を作った人が悪い。

そうではない。全く違う。
津波がくるかもしれない土地に住むのなら、それだけの備えは
するべきであり、それは住む人全てに等しく責任がある。

日本は自由社会であり、民主主義であり、一応平等でもある。
どこに行くのも自由。何をするのも自由。
だから、ある範囲では、と前置きして、自由の結果訪れる報いも
また自己の責任として受け止める必要がある、と、思う。

100年に一度の天災に備えることは不可能だと思うかもしれない。
しかし、100年に一度だろうが有史以来一度だろうが、そんなものは
言い訳にはならないのである。

なぜなら、生まれて死ぬまでの間、自分の命を究極的に守れるのは
自分自身でしかないのだからだ。

日本が火山列島であり、世界有数の地震国家であることは誰だって
知っていることだ。

では、なぜそこで生活するのか。
なぜ安全(と思われる)場所へ引っ越さないのか。
なぜ自治体にもっと災害対策を万全にしろと意見しなかったのか。
なぜ自治体が不十分だと思ったら自分で対策を講じなかったのか。

それは、私自身もよくわかっていることだが
日本は経済的に豊かで、治安が良くて、言葉が通じて、
家族や友人がいるからである。

だが、これは天から降って湧いた幸運に他ならない。
日本に生まれた事は『恐ろしく幸運』なのである。
地震が無くて治安も割と良くて安全だから今すぐユタ州に
引っ越しましょうと言われても、それは無理だと言うだろう。
これは何かと言えば、単純にエゴだ。日本に居たいと思うから。

ならばそこで生まれること、単純に天災と呼ばれるもので
殺されてしまったとしたらそれは自己責任、天罰以外の何者でもない。

天罰でない死というのは、遺伝子異常、自然死、そして他殺である。
自殺はカテゴライズが難しいのでよくわからない。

重ねて言うが、天災による死は回避出来る。

それはあらゆる事に対応しようという(国外脱出も含め)自由を持ちながら
その自由につきまとう報いを考慮に入れなかった事による死である。

だが、これは万人に求めるのは確かに酷だ。酷であるからこそ、
石原曰く『かわいそう』なのだ。
その部分が、私としては全く、疑念を挟む余地もなく意見が一致する。

(なんか石原さんが文筆家と言うことに今更気づいたような気さえするが)

かわいそうという感情の意味がわかりさえすれば、
何がどう可哀相なのかが見える。
それは
『回避出来るものを回避できると考えず、状況のままに進み、
災害など、どこだって起るわけだし、誰が死んでもおかしくなかった
のに、その中で被災し、亡くなった。それは確かに天罰であるが、
不運でもあった。かわいそうなことだ』

という事が一つ。
コメントを解釈した上で、感じたことはそれが一つ目だった。


そしてもう一つ、可哀相なのは

『我欲だよ。物欲、金銭欲。......我欲に縛られて政治も
 ポピュリズムでやっている』

この部分が可哀相だというのだ。


で、今書いてて思ったが本来これを先に書くべきだったかもしれない。

(乱文で本当にすみません。)


被災して死んだ彼らの過半数は、現在の政権を信頼した結果
死んだわけだ。
政治には、絶対的ではないものの、ある程度の範囲では国民を守る
義務がある。
そして、
現在の政治は、国民全てが十分な被保護下にないことを
この地震が明らかにしたのである。

それは初動体制の問題もあれば、日頃の備えの部分でもある。
民主党は、正直言って反軍事の党だ。米軍や自衛隊の敵と
言ってもいい。
彼らが大災害時に自衛隊や米軍と綿密な連携が取れる・・・
わけがない。
つまり、民主党を政権与党に選んだことは、自分から断頭台に
首を差し出すのと、あまり変わらない事なのだ。

それは、現状で未だに、被災地のデータネットワークや
効率的な輸送路すら確保出来ておらず、
10日目にしてまだ物資の不足が深刻化している東北の惨状を
見れば明らかである。

『軍事オタク』である石破茂がこれを指揮していたら
兵站の重要さをこれでもかというぐらい見せつけてくれて
いたであろうことは想像に難くない。

国家というのは、一応守れるだけは国民の命を守らなければ
ならない。

しかし、個人だとか集団のイデオロギーで殺されたのでは全く、
たまったものではない。
それは他国の侵略にしてもそう。こういう災害に対してもそう。

政治の備えが不備なせいで殺された被災者は、間違いなく
他殺である。
それこそ、国民の安全を真に考えるのであれば、
高さ100mの堤防や、核シェルターを国民全員に与えるべきなのだ。

現政権を選んだ国民が悪いにしても、そうでない国民もいる以上、
政府は想像を巡らせ、災害時に少しでも命を救うために努力
しなければならない。

それなのに、米軍の基地移転問題。自衛隊の予算の引き締め。
蓮舫議員、そして自衛隊は害悪とまで言い切った辻元議員。
そんなのに命を預けることになった国民も、不憫である。

『我欲に縛られて政治もポピュリズムでやっている』

その結果、ある意味で政権を信頼していた国民を
天災の形で少なからず政治が殺したのである。

かわいそうと言わずして、何と言えばよいか。


ここで、天罰という言葉の二重の意味に気づく。

これは二つのものを指しているのだ。つまり、


『我に駆られ、防災意識や備えを忘れた国民』
『人気取りで政権を取ったはいいが、結果的に国家・国民に
 深刻な被害を与え、大衆の期待を裏切った衆愚政治そのもの』


だから私は、言葉の使いどころとタイミングは
良くなかったと冒頭に言った。事実でも、そこを責めるのは
国民の心情的に早すぎる。納得出来ない人もいる。
だから言葉を慎むというのは当然のことだ。

ガンで死んだ人の葬式で、個人の家族に『タバコ好きだったから
ガンになるのはしょうがないよ』と言うようなものだ。
それはあまりに無神経だと思う。

だが、発言自体が間違っているとは決して思わない。


・・・なぜ親しい人が亡くなったのか。
なぜ避難所で凍えなければならないのか。
なぜ放射能汚染におびえなければならないのか。
なぜ縁もゆかりもない原発に放水しに行って被曝しなければ
ならないのか。

避けられたものを避けられなかった事が、少なからずある。
それを心から、心の底から痛感して、反省して、
二度とこのようなことが起らないように、
幸運にも生き残った私達は、
より深く考えていかねばならない。

そして、気がつかなければならない。
何が大切なのか。何をするべきなのか、ということに。


石原発言を、私としてはこう解釈した。
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COMMENT

自分も石原都知事の発言はタイミングも言葉のチョイスもよくなかったと思う
読解力、文章力のない自分としては何故被災しボロボロになっている人達に「天罰」という言葉を使うのか理解できなかった。
もりあきさんの文章を読んで「なるほど」とは、思いましたが、石原都知事も自分のような人間にもわかりやすい発言をしてくれればとも思いました。
そうすれば誤解される事も減るでしょうし。
発言があまりストレートでないのは文筆家の性なのか(そんなに詳細に説明している時間が無いのかもしれないが)もしれないが自分も含めた平和ボケしている人間にもわかりやすい発言をお願いしたい。
自分自身も読解力や意識を変えていかなければいけないのでしょうけど。
乱文、長文失礼しました。

| | 2011/03/23 11:21 | URL | ≫ EDIT

冷静に議論ができる平穏な日が一日も早く来ることを祈るのみです。

| 北村賢哲 | 2011/03/28 23:23 | URL | ≫ EDIT















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